シークレットの標的(ターゲット)

緒方さんに案内されたお店は繁華街から外れた住宅街の中にあった。木造の古い建物をリノベーションしたこじんまりとしたお店でとても雰囲気がいい。

カウンター席以外は全て個室らしい。 

私たちが案内されたのはプライバシーに配慮された堀炬燵のお座敷席になっていて、気兼ねなく会話をすることができそうだ。
ビジネス向けというよりは家庭的な雰囲気。


「ずいぶんとおしゃれなお店を知っているんですね」

「なんだ、やきもちか。俺がここに女連れで来たことはないから心配するな」

緒方さんはなぜだかちょっと嬉しそうにして頬が緩んでいる。

「そういう話をしているわけではありません」

この人はこうやっていろんな女性に気のあるそぶりをしているんだろうか。
だとしたら女性が寄ってきても仕方ないんじゃないのかなとちらりと思う。
なにせ、この人、顔はいい。 

しつこく言い寄られる原因の一端を作っているのは自分だってことなら彼に同情の余地はない。


「嫌いな食べ物やアレルギーが無ければふぐのコースにしようと思うけど、いいか?」

「好き嫌いもアレルギーもありませんのでよろしくお願いします」

久し振りのふぐに私の気持ちがアガる。

一緒に食べる相手はちょっとあれなんだけど、ふぐに文句はない。

ふぐ刺しも唐揚げもてっちりも食べたい。基本わたしは食べ物に関して欲張りなのだ。

「オッケー。アルコールはどうする?ヒレ酒がお勧めだが」

ひれ酒。
ごくりと喉が鳴りそうになり、飲み込んだ。

ここでまたアルコールで失敗するわけにいかない。前回赤ワインでやらかしているわけだから。

「ウーロン茶で」

「ウーロンハイ?」

「ウーロン茶。茶です、茶。お茶」

面白がる緒方さんに苛つきながらノンアルコールを強調する。

あの日のあの赤ワインさえなければ・・・とあれからずっと後悔しているんだし。
あれ、美味しかったけどね。

「きちんと話ができるのであれば緒方さんは飲んでもいいですよ、アルコール」

とりあえずさっさと話をすればいいんだし。

「じゃあ俺はヒレ酒をいただくとしようか」

「どうぞ」
話の前に酔わないで下さいねと念を押しておいた。


緒方さんが注文を終わらせたところで私は「じゃあ」と背筋を伸ばす。

「いろいろ聞きたいことはありますけど。まず、どうやって私のスマホに電話番号を登録したのかって事なんですけど」

「ふうん、最初がそれか」

緒方さんは顎に手を当てて一瞬だけ私から視線をそらしたもののすぐに向き直った。

「ーー望海は先日の赤ワイン飲んだ後のことはどのくらい覚えているんだ?」

えっ。
それは勿論あの晩のことで、避けては通れない話題ではあるんだけど。

「赤ワインを飲みながらーーー二人でいろいろお互いの話をして・・・それから・・・で・・・」

「で?」と緒方さんが続きをと促す。

「・・・朝でした」

ぷっと緒方さんが吹き出した。
だって仕方ないじゃない。覚えてないんだもん。

「そうか、俺にとっては長い夜だったけど望海にとっては短い夜だったってわけか。そうか、全く覚えてないのか、残念だ」

緒方さんは肩を震わせて笑っている。

「その望海って名前で呼ぶのもやめてください。人に誤解されます」

「誤解も何も、俺たちは特別な関係じゃないか。そうだろう、俺の部屋でお互いキスマークが残るようなことをして朝を迎えた。違うか?」

「・・・違いませんけど」

それを言われると弱い。
確かに緒方さんのお宅のベッドで一晩過ごしたワケだし。

「そういうことをしたのだから妊娠してないとは言えない。勿論俺は気をつけたけど」

背中がヒヤッとする。
そう、それも気になっていた。

時期的には大丈夫だったはずではあったけど、世の中100パーセントってことはない。気をつけてくれたと聞いてホッとした。

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