シークレットの標的(ターゲット)
翌日、
いつものように早目の時間に出勤していると、後ろから肩を叩かれた。
「大島さん、おはようございます」
「おはよう」
またかーーー心の中でため息をついた。
宮本さんだ。
彼女と出勤時間が被ることは珍しい。
私は医務室を開けるために少し早く出勤しているけれど、これは医療スタッフの義務ではない。
サービスのようなもので、特に手当が出るわけじゃないから。
「宮本さんが早いのは珍しいね」
「え、ええ、まぁ」
言い淀む宮本さんの姿にやはり何かしらの不自然な気配を感じる。
悪意はなさそうだけど、やっぱり何か目的があって私に近付いてきているとしか思えない。
だとしたら、目的は緒方さんで間違いないだろう。
駅前からエントランスまでの道のりで宮本さんから話しかけられた内容はというと、やはり緒方さんのことで。
次のデートまで寂しくないかとか離れていると不安じゃないかとか。
「間違ってたらごめんなさい。宮本さんって緒方さんのことが好きなの?」
思い切って私がそう言うと宮本さんは焦った様子で
「そういうんじゃないんですけど」
と作り笑いを浮かべる。
そういうんじゃないんだったら、どういうんだろう。
彼女の目を見ながらその様子を窺うと目は泳いでいるし不自然に口角が上がり作り笑いが深くなっているような。
その態度、何だかね…。
「彼の事が好きなら私じゃなくて彼に言ったらどうかしら」
真っ直ぐ正面から伝えると、更に宮本さんの目が泳ぎ出す。
「えっと…」
「悪いけど、わたしあまり緒方さんの話はしたくないのよね。ごめんね」
「いえ…こちらこそ…すみません」と宮本さんは俯いてしまった。
こちらは虐めたいわけでも意地悪をしたいわけでもない。
ただ、彼女と緒方さんの間に私を巻き込んで欲しくないだけ。
それからは黙って更衣室に向かった。
ちょっと申し訳ないなとは思ったけど、ずっと緒方さんのことを聞かれると思ったら堪らない。
本当に緒方さんと私が付き合っていたとしても、宮本さんが緒方さんのことを好きな気持ちは宮本さんと緒方さんの問題であって私が口出しするものではない。
もちろん私が緒方さんの本当の彼女であれば気分は悪いけど、今の私たちは恋愛感情で繋がっているわけではないのだし。
宮本さんが緒方さんのことが好きなのだとしたら、直接緒方さんにぶつかるなり秘めた想いにするなりしていただきたい。
告白してその結果彼女が彼の恋人になるのだとしたらそれはそれだと思う。
あとは私が妊娠していないことが確認できればいいんだけど。
ーーーまだ生理が来ない。
…そろそろ生理がくる頃のはず。だが、生理は来ていない。
大丈夫だと思っているのだけれど、来るものが来てくれないと落ち着かないもので。
まさか、ね。
いやいやいやタイミング的にはない。
でも、100パーセントの安全はない。
気分は下降していった。