シークレットの標的(ターゲット)

昼休みになり、松平主任に誘われ草刈先生と3人で診察室の奥にある休憩室でお弁当を広げた。
このところ毎日のようにお昼に誘われているのでここでこう過ごすことに私もずいぶんと慣れてきている。

「はい、どうぞ」
草刈先生が最近のお気に入りだという有機農法の茶園のお茶を3人分用意してくれる。

「ありがとうございます」
爽やかなお茶の香りに心が癒やされる気がしてほうっと息をついた。

やっぱり日本人はお茶が好きだよね。
そうだ、帰国後の緒方さんにご馳走すると約束した食事だけど、食後に美味しい日本茶を出してくれるような和食のお店にしよう。

ふぐをご馳走になったから、天ぷら専門店とかはどうだろう。
食の好みが合うことは確認済みだから喜んでくれるとは思うけど。

ーーーってなんでお茶の香りを嗅いだだけで緒方さんのことを考えたんだろう。
やだ、やだ、生理が遅れてるからってすぐ彼のことを考えちゃうだなんてちょとおかしいんじゃないの。

頭の中から緒方さんの存在を消すようにお弁当のプチトマトを口の中に放り込んだ。

あ、ちょっと酸っぱい。
プチトマトはもっと甘いのが好きなんだけどと考えていたら、
そういえば、と草刈先生が口を開いた。

「このところ小池さん、ずいぶんご機嫌ね。今朝なんて診察準備中に鼻歌を歌ってたわよ」

草刈先生の目にもわかるほどこのところの小池さんは浮かれている。
それほどあのパーティーの招待状は効果があったのだ。

「仕事はやってくれてるからこっちは助かるんだけど」

松平主任も苦笑している。

あれほど主任に突っかかっていたのに最近はそんな様子もなく与えられた仕事を期限内にやるようになった。
残業をしたくないって理由もあるかもしれないが。

この週末があのパーティーのはず。
小池さんは毎日定時ピッタリに帰宅していてエステだなんだと自分磨きに励んでいるらしい。
それだけ婚活に本気なのだと思うけど、私にはちょっと理解できない。
あんなに緒方さんに固執していたのにと思うと微妙な気持ちになる。
ひとのものには手を出さないとすっぱり切り替える辺りは評価するけど。

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