シークレットの標的(ターゲット)
***


「大島さん」

仕事が終わり、地下鉄の駅に向かうところで不意に声を掛けられた。

「え?ああ、向田くんじゃない」

そこに居たのは高校の同級生、向田潤だった。

先日の同窓会の後、三軒茶屋の居酒屋に行ったときのメンバーのひとり。
私はあまり親しくはなくてよく知らなかったけれど、居酒屋では聞き上手って感じで森山君の隣の席をキープして楽しそうにしていたひとだ。

「奇遇だね。大島さんの会社ってこの辺だったっけ?」

「うん。そっちは外回りの帰り?向田君の会社もこの辺なの?」

きっちりしたスーツにビジネスバッグ、反対側の手にはスマホ。

「会社はこの辺じゃないけど外回りの帰りってのは当たり。なあ、良かったら今から一緒にメシでもどう?」

急なお誘いにちょっと戸惑う。
高校時代に親しくしてたのならともかく顔見知り程度だったし。
先日の二次会でも私はあまり会話もしていない。

「あ、ごめん。ちょっとこのあと予定があって」

無難にお断りしたつもりだったけれど、
「二人きりが嫌なら他に誰か呼ぼうか。この間大島さん西野とよく話してたみたいだから西野に声を掛けてみようか?」
そう言ってスマホを取り出した。

「ごめん、ホントに今日はムリ」

私たちそんなに親しい関係じゃないのになんだか強引で嫌な感じ。
同窓会の二次会の時は森山君の隣でニコニコしていて女性を強引に誘うとかそんな感じには見えなかったけど。

「じゃあ、明日なんてどう?前回の二次会のメンバーに声掛けてみるからさ」

「え」

なんでこんなにしつこいの?
表面的には笑顔を浮かべているようだけど、目の奥が笑っていない感じがする。

どうしよう、どうやって断わろうかと思っていると
「大島さん、まだここにいたの?」
と背後から声を掛けられた。

振り返ると、そこに居たのは小林さんだった。
彼に声を掛けられたことが不思議ですぐには返事ができない。
私が一方的に知っているだけで面識はあるけれど、親しく会話を交わすような関係じゃないし。

「どうしたの?集合時間に間に合わなくなっちゃうけど。もしかしてお取り込み中だったかな」

小林さんは私と向田君の顔を見比べるように視線を送る。意味ありげなそのまなざしに小林さんが助けてくれているのだと気が付いた。

「あ、いいえ。あの、私ももう行くところでしたし。ね、向田くん」

「そう?じゃあ俺と一緒に行こうか」
もういいかな、と小林さんは向田君に圧力をかけるような笑顔を向けた。

「いや、大島さん、明日でも明後日でもどうかな」

さらに誘いをかけてくる向田くんに違和感しかない。何だか必死な感じで。

「大島さん、明日からは仕事のあと草刈先生が講師をする勉強会だったんじゃないの」
すかさず小林さんがフォローを入れてくれる。

コクコクと頷いて「そう、そうだった。勉強会だったわ。だから悪いけど」と断りを入れる。

向田くんがまた何かを言い出す前に「じゃあごめんね」と小林さんと並んで歩き出した。
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