シークレットの標的(ターゲット)
「1年前の海外出張前の予防接種を受けに来たときに声を掛けられてから、何度か帰国の度に社食や会社のエントランスで声を掛けられるようになっていたんだけど。たいした接点がないのに親しげに声を掛けられて食事に誘われたりしていたからな。だから、今回のも話しかけるきっかけを探されていたとしか考えられない」

ん、ん、ん、ん、ん?
以前から声を掛けていた?
まさか、小池さんは緒方さんに好意を持っていて突撃して接点を持とうとしたって事?

「だから今も小池さんに同席しないで欲しいと?」

「そういうこと」

ええええー。

それが本当だとしたら、私はどう動くべきか。

小池さんは緒方さんが帰国する度に声を掛けていたと。
確かにこの緒方さんってモテそうな感じ。
高身長で整った顔、その上海外事業部なんて超花形職場にお勤めで。

私が小池さんのプライベートに関して知っていることは多くない。

未婚だってことは知っているけれど、実家暮らしなのか、ひとり暮らしなのかすら知らない。しばしば合コンに行っているのは知っているけど、恋人の有無なんて聞いたことないし。
言葉の端々に結婚願望がありそうだとは思っていたけれど。

「ま、別にストーカーされているわけでもないから、声を掛けられること自体がどうのって言っているわけじゃないよ。少し鬱陶しいくらいで。ただ、個人情報を使って職場に乗り込んでくるって話になるとちょっと違うんじゃないかな」

ええ、ええ、ごもっともです。
「本当に、それはもう」

「これでこっちの事情を理解してくれたよね。じゃあ、彼女のことは頼んだよ」

「わかりました。この度は申し訳ございませんでした」

もう一度頭を下げると、緒方さんは頷いて立ち上がった。


私たちが相談室を出ると、奥のデスクから小池さんが走って出てきた。
ずっとこちらの様子を窺っていたんだろうな。

「あのっ、緒方さんっ」

「こういうことは二度としないで欲しい」

小池さんの媚びを売るような上目遣いに緒方さんの表情はまた硬いものになる。

「厳重に抗議させてもらったから」

そのまま足早にフロアを出て行ってしまった。

小池さんは何か言おうとしていたけれど、それを許さないとでも言う感じで緒方さんの後ろ姿は拒絶を表していた。

「・・・小池さん」

「わかってます、ごめんなさい。申し訳ありませんでした。ちょっと早合点してしまって、やりすぎました」

早合点って、そういう問題じゃない。
医療従事者ってだけでなく、今や社会人としてどんな世界にいても個人情報を明かしてはいけないってことは常識だ。

「ちょっと小池さん、こっち来て」

出てきたばかりの相談室に小池さんを連れ込んで話をすることになってしまった。
ただでさえ忙しいのに、ああツイてないーーー


< 6 / 144 >

この作品をシェア

pagetop