シークレットの標的(ターゲット)
並んで歩きながら、私の役割について聞いてみる。
カフェのオペレーションテストっていったい何だろう。

「たいしたことじゃないよ。ただの客として行ってくれればいいんだ。あちらは明後日のプレオープン前にスタッフの動きを確認したいだけだそうだから。普通に注文してちょっと飲んで帰るだけ。簡単でしょう」

そんなことでいいんだ。
仕事帰りにカフェでコーヒー飲んで帰るって何だかデートのようでは?と考えて顔が熱くなる。
わー、勝手に想像して赤くなるなんて恥ずかしい。

うん?ああそうか。
小林さんが部下に声を掛けなかった理由もそこにあるのかも。
下手に女性の部下を連れて行くと私みたいにときめいて勘違いしてしまうかもしれないし。

はい、私も勘違いしないようにちゃんとしよう。
痛い女にはなりたくない。
これはお仕事、お仕事ーーー


大通りから一本入った場所にそのお店はあった。
オープンに向けてまだ準備中の様子でお店の外では花屋さんが花のスタンドをセットしているし、何かを搬入している業者さんの姿もある。

ちょうど半開きになっていたドアから出てきたカフェエプロンをした若い女性に小林さんが声を掛け名刺を差し出した。

「わあ、お待ちしてました。どうぞ中にお入りください」

待ってましたとでもいうように名刺を見た女性の目がキラキラして笑顔になり、すぐに店内に案内される。

そうだよね、同じお客さんでもイケメンっていいよね。勝手に女性の心情を想像して心の中で同意する私。
イケメンは正義だもん。

ビルの1階フロアをまるごとカフェにしてあり、中はかなり広い。
程よくライトダウンされていて北欧風のインテリアの雰囲気がとてもいい。

私達の他にも5組ほどのお客さんがいてごく普通に飲み物を飲んだりおしゃべりをしている。どうやらうちの会社の人ではないようだけど、彼らも誰かに頼まれたテスターなんだろうか。

「いらっしゃいませ」
席に落ち着いた私たちの元に今度は男性がやってきた。

「初めまして。わたしがオーナーの久川です。今日はお忙しい中、わざわざご足労いただきありがとうございます」

小林さんと名刺交換をした男性が苦笑した。

「上司に無理矢理行ってこいと言われたんでしょう。お忙しいのに申し訳ないことをしました。迷惑料と言ってはなんですがお好きなものをご注文ください。ただできれば飲み物だけではなく料理でお願いします。味は保証しますので」

私たちは飲み物を一杯だけのつもりだったのに、結局オーナーさんに押し切られるような形でオススメの『夜カフェ晩ご飯』という二人分のディナーセットをいただくことになってしまった。

「飲み物だけと言っていたのに申し訳ないね」

小林さんに謝られ「いいえ」と全力で手を振った。
むしろ、ラッキーだ。
小林さんと食事ができるなんて。
こんなことでもなければ2人で食事なんて機会はなかっただろう。
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