シークレットの標的(ターゲット)
「大島さんは部署の後輩の大事な人だって聞いたから、ちょっと気になってしまって。万が一ってことがあると困るし。何かあったらきちんと人に相談することをおすすめするよ」

うわ、小林さんの口から言葉を聞きたくなかった・・・。
後輩って、間違いなくシークレットの緒方さんのことだろう。
同じ部署だから私と緒方さんの噂が小林さんの耳に入ってもおかしくはないだろうけど、ちょっとショック。


それにしても、緒方さん、松平主任や草刈先生、ここに来て小林さんまでもが『何かあったら』と私に繰り返す。

何かあったらって事だけど、何かある事が予想されるから何かあったらなんだろうし。

今日のお昼の主任たちの様子からして緒方さんの仕事が関係してると思って間違いない。
緒方さんはタヌキのところに行けと言ってたな・・・。
この向田くんの件はそれに該当するんだろうか。

「大島さん」

食べる手を止めてしまった私を気遣うような小林さんの優しい声に顔を上げると
「何か気になることがあるみたいだけど、大丈夫?緒方が出張中で不安なら自分でよければ話を聞くけど」
小林さんの真剣な表情に本気で私のことを心配してくれているのがわかる。
ありがたい。

ただ、私と小林さんはプライベートで会話したのは今日が初めてという間柄。
じゃあお言葉に甘えてーーーなんて事ができるはずがない。

「ありがとうございます。でも違う世界の話を聞いたみたいな気持ちになってちょっと戸惑ってしまっただけです。ホントに何かあればきちんと人に相談しようと思います」

お気遣い感謝しますというと小林さんは頷いて穏やかに微笑んでくれた。

明日にでも主任に話してみよう。
こんなことがあったんですって雑談みたいに報告するだけなら大事にはならないだろうし。

「じゃあ難しい話はここまでにして食事を楽しもうか。折角の料理を美味しくいただかないと」

「そうですね」

目の前に並んだ料理に意識を戻し、またフォークを手にした。

見た目も味もボリューム感もいい。
そして何より同伴者がいい。

それからの話題は小林さんのイタリアでの暮らしについてだった。

仕事のことを聞いても私はちんぷんかんぷんだし、小林さんも仕事の話はしなかった。
どんなものを見て、どんなものを食べ、どんな風に感じて生活したか。
留学経験のない私には異国の暮らしの話は興味をそそられる。

何でも答えてくれる小林さんの優しさに甘え、調子に乗ってかなりしつこく質問してしまった自覚はある。
それを嫌がらず律儀に答えてくれる小林さん。
これぞ神対応。

ポジティブ思考の私は向田くんのことが気になりつつも小林さんとの思わぬ夕飯を大いに楽しんで帰宅したのだった。


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