シークレットの標的(ターゲット)
小池さんが出て行き私も主任に電話をかける。小池さんが席を外してくれたのはラッキーだ。

数コールで電話に出てくれた主任に社内で背中と腰を打ち、足首を捻挫したとだけ伝えると、それだけで何かあったのだとわかってくれたらしい。

『今からすぐにそっちに向かうわ。このまま常務室にも内線を入れて頂戴。早起きのタヌキかボチがねぐらにいるはずだから』

主任に言われた通り救護室の内線を使って常務室にかけると、ワンコールで秘書の補佐をしている『ポチ』と呼ばれる工藤さんが出てくれ、即座にこちらに来てくれることとなった。


内線をかけてからものの数分で工藤さんはやってきて、「大丈夫ですか」と私のアイシングされた足を見て顔色を変えた。

小池さんが戻ってこないことを確認して
「実はーーー」と口早に工藤さんにさっきの状況の説明をする。

「健康管理課の宮本さんが書庫で何かを探っていた、それと、彼女が『向田』の名前を言ったと。大島さんはその向田というのはキネックス社の社員の向田のことだと思いますか?」

「そこは何とも・・・」
彼女の口から出てきた言葉の全てが理解できない。
わたしのせいとか向田さんに捨てられるとか。

「私が知っている向田はその彼ひとりなんですが、宮本さんと向田くんが知り合いだったとは聞いていないので私には判断できません。このタイミングでってことを考えると同一人物だと思いますが」

「わかりました。それと宮本さんの行き先に心当たりは?」

「いいえ。私は付き合いがなかったので全然ーーいま小池さんが探しに行っています」
工藤さんは頷いて
「では私は常務に報告してきます。松平主任もそろそろ到着するはずですので、もう一度説明をお願いします。あとで思い出したことがありましたらそれも松平主任に仰ってください。それと、主任が来るまでは誰も書庫に入らないようにして頂けますか」

「わかりました。施錠しておきます」

「その足では大変でしょうけどお願いします。それと何かあればお気軽に常務室にお出で下さい。ではくれぐれもお大事に」

素早く出て行き、あっという間にいなくなった工藤さん。

彼が『ポチ』と呼ばれ常務秘書である谷口早希さんの忠実な僕(しもべ)だということは有名な話だけど。
なんだか聞いてた話と印象が違うって言うか。

谷口さんを慕っている子犬のような人だったんじゃなかったのかな。

いま私と話した工藤さんの雰囲気は子犬というより狐とかコヨーテ系だったし、キビキビハキハキしていて目つきもくるくるきゅるんの可愛らしいものじゃなかったし。
短時間で私から聞き取りをしてきちんと把握して、指示も具体的で的確だった。
噂なんて当てにならないものだ。
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