シークレットの標的(ターゲット)
「大島さーん、宮本さんと連絡つきました。あ、主任おはようございます」

ちょうど出勤してきたらしい事務の女子社員たちと一緒に小池さんが戻ってきた。

「え、どこにいたの?」

「いえ、電話が繋がったんです。自宅のコンロの火の消し忘れが心配になって急いで帰ったって。慌ててたから大島さんとぶつかっちゃって申し訳なかったって言ってました。疲れたから今日はもう休むって。全くドジですよね」

「そっか、電話繋がったんだ」

「・・・あの、宮本さん、大島さんがこんな大けがしたってわかってなかったみたいで、私が言ったら驚いてて明日謝るって言ってました」

主任と私の目が合った。

「あの、主任。これ結構な大事になっちゃいました?宮本さんもわざとじゃなかったって言ってましたけど・・・」

小池さんが私と主任の様子を窺うようにしながら問いかけてきた。
宮本さんと仲良しみたいだったから心配なのだろう。

「そうね。私の一存じゃ決められないけど、わざとじゃないのなら大事にはしたくないわね。だから、小池さんもこのことは他に漏れないように黙っていてもらえるかしら。ねえ大島さんもそれでいい?」

主任の意味ありげな視線に私も大きく頷いた。
私はこの事情がわかれば文句はない、というかこれ以上巻き込まれたくない。
静かな生活に戻りたい。
それが私の願いだ。

よかった、と小池さんがホッとした声を出して「お茶入れてきます。主任も大島さんも飲みますよね」と立ち上がった。

「ありがとう。でも、ちょっと上司のところに行ってくるから私の分はいいわ。悪いけどドクターが出社したら大島さんの診察を頼んでくれる?」

「わかりました」

いつになく小池さんがおとなしく主任の指示に従っている。

違和感しかないんだけど。
主任と小池さんの様子をチラチラと窺うと、小池さんがくすりと笑った。

「わたし長いものには巻かれる派なんです」

そう言って給湯室に消えていった。

「あれ、何ですか」
「さあね。何か企んでるのかしら。それともただ単に私が常務の姪だって知って態度を変えたのか」

とにかく、先にひとりでタヌキのところに行ってくるわと主任は出て行った。

< 69 / 144 >

この作品をシェア

pagetop