シークレットの標的(ターゲット)
午後からは産業医の先生の診察の補助に入り、あのデスクから離れられたことでほっと息をついた。

その後、部長から呼び出された小池さんが注意されて落ち込むわけではなく、イライラとしているオーラを出しているものだから居心地が悪かったのだ。
いや、悪いのあなたなんだけどと言いたいところだけど、平穏無事な一週間を過ごすためにはそんな余計なことを言えるはずもなく。
がまん、がまん。


「ねえ、聞いたわよ。緒方君の件」

診察の合間、草刈先生が声を掛けてきた。
草刈先生は30代半ばの女性の産業医で、サバサバ系の美人さんだ。

「先生方は緒方さんの事情を知っている側ですよね」

「そうね。極秘にしていたわけじゃないんだけど、緒方君の手掛けていた事業の背景がちょっと複雑で。産業スパイとかいる可能性もあって、派遣場所とか社内にも公にしたくないって事だったものだから色々オープンにしなかったのよ。緒方君、確かにきちんと健診は受けていなかったのだけど、ちょっとした血液検査くらいは時間外にここでやってたし」

「そうなんですか」

「そうなのよ。でも、今回の小池さんの暴走は緒方君が健診を受けていなかったってことじゃなくて、緒方君がイケメンだったって事が発端で起こったことなんでしょ?」

うん、そういう見方もあり。
緒方さんがイケメンでなかったら小池さんも海事のオフィスに突撃しなかったかもしれない。
私はふかーく頷いた。

「小池さん、社内で見かけた時に好きになっちゃたらしくて。それからずっとアプローチしてたらしいんです」

「うーん。他人の恋愛話には干渉したくないけれど、今回は仕方ないわねえ。彼女、部長からお叱りを受けたんでしょ」

「はい、呼び出されてました。お説教はあったかと思います」

「でも、部長のお説教くらいでへこむ小池さんじゃないわよね。緒方君へのアプローチも止まらないかも」

そう。
それ。
この先、小池さんの求愛行動にこの部署が巻き込まれませんように、と切に願う。

だって、小池さんは諦めたと言ったわけじゃないし、あの緒方さんは、聞けば評判のイケメンだっていうけど、私から見たらちょっと目つきが怖い。
それに彼が関わっている事業がかなり会社にとって重要なものらしいし。次に彼女が何かしたらもっと上の方から怒られそうだ。

しかし、緒方さんってどこかで見たことがあるような気がしないでもない。
思い出せないけれど。

「緒方君が関わっていた仕事がもうすぐ一段落して海外出張の回数が減って国内にいることが増えるって話よ。小池さん、どうするかしらね。しつこくするのかしら」

「先生、怖いこと言わないでくださいよ」

是非知らないところでやってほしい。

***


それから小池さんはおとなしくしている様子でただ忙しいだけの一週間が過ぎていった。

明日から主任が出勤してくる。
もう一つ私が気になっていた小池さんの主任に対する対抗心というか反抗心のようなものは大丈夫だろうか。

ーーーこの先も何事もありませんように。



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