シークレットの標的(ターゲット)
「昨日のことも小林君から聞いてる。これ以上のんちゃんに何かあると緒方君がキレちゃうからすぐに手を打つから。ホントにゴメンね。緒方君は明日帰国するから週末は二人でゆっくりまったりできるよ。足が痛いって言って何でもやらせちゃえば?そもそものんちゃんがこんなことになったのは緒方君のせいなんだから」

え?
言われたことが何一つ理解できなくてぱちぱちと瞬きするしかない。

ポーンとエレベーターの到着音がする。

「あ、僕ここで下りるから。のんちゃんは20階ね。常務室には早希ちゃんとポチがいるから詳しいことは二人から聞いてね。じゃあよろしく~」

扉が開いて常務が出て行く。
エレベーターのパネルは18階を示していた。

「あ、あのっーー」

声を掛けようとしたけれど、エレベーターホールの扉は閉まっていき向こう側でタヌキが「結婚式には呼んでね~」とひらひらと手を振っていた。

・・・どういうこと?



山ほどの疑問を抱えて常務室のドアをノックすると、
迎えてくれたのは常務の言った通り工藤さんと常務秘書の谷口さんだった。

「お待ちしてました、大島さん。さあ奥へどうぞ」

前室ではなく主のいない執務室の高級ソファーに案内されとってもいい香りのお茶まで出されて恐縮する。

「谷口さん、説明は常務が戻るまで待った方がいいですか」
「うーん、そうねぇ。別にいなくてもいいんだけど。トイレだからもうすぐ戻るでしょ。もう少しだけ待ちましょうか」

何かのファイルを手にした工藤さんが私の斜め前に座った谷口さんにお伺いを立てている。

え?トイレ?

「あのー、常務ならさっきエレベーターで一緒になりましたけど」

「え」「やられた!」途端に二人が私に向き直った。

「エレベーターにいたのね」
「はい」

「あんのタヌキ、11時までは執務室にいろって言ったのに」
「はぁー、やられました。朝おやつの肉味噌あんまんを食べ過ぎてお腹が痛いなんて嘘に騙されるなんて」

谷口さんがため息をつき、工藤さんは怒りを抑えるように目頭を揉んでいる。

なんだか悪いことを言ってしまったらしい。
なんかスミマセン。

「ね、エレベーターで出会ったとき常務は何か持ってなかったかしら?」

「シルバーの大きな布みたいなものを持っていたように見えましたけど」
何か気になったんだよね。あの布きれ。どこかで見たことあるような薄らと不規則な縦縞みたいな模様が付いていて。

「ああ、やっぱりですかーー」

工藤さんが頭を抱え谷口さんがまあまあと慰めるように工藤さんの肩をぽんぽんとする。

「あれ、カモフラージュ布なのよ。全く嫌になっちゃうわ、忍者みたいでしょ。どういう仕掛けになってるのか知らないけど、役員フロアの壁柄と廊下の赤い絨毯柄、エレベーターの壁やエントランスの床ってのもあるらしいの」

ホントにもうっと言いながら谷口さんは笑っていた。

噂には聞いていたけれど、神田常務ってどういう人なんだろう。
松平主任が身内だと知られたくないと言っていた原因も外見だけじゃないという気がしてきた。
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