シークレットの標的(ターゲット)
「さすがに何もなかったことにはできないと思うわ」

そうですよね。
どんなことかわからないけど、会社や緒方さんの情報を向田くんに教えていたのなら。

同僚として働いていたのだから気にならないわけじゃないけれど、会社員としてだけじゃなく、医療従事者としても知り得た秘密を明かしてはいけないのは常識だ。

私を突き飛ばしたことはどうでもいい。捻挫だって私がどんくさいから踏みとどまれなかったから起こってしまった偶然の出来事。
このことで私は彼女を責めるつもりはなかった。

私を突き飛ばす時に見てしまった悲しみと憎しみに溢れた視線を思い出して気持ちが沈む。
宮本さんも必死だったのだ。
向田君に棄てられまいとして。

私にはどうすることもできないし口を出す気もない。
ただ、宮本さんと仲がよかった小池さんがかわいそうだなと思う。


「向田に関してはおそらくもうしばらくは会うことはないと思いますよ。どうしてかは秘密ですけど」

にやりと笑う工藤さんの雰囲気がそれまでとちょっと違ってドキッとする。
今ちょっと黒いオーラが見えたような気がしたのだけど、見間違いかな。

パチパチと瞬きしたら黒いオーラは消え去っていて、工藤さんは谷口さんが淹れてくれるお茶は最高に美味しいとわんこっぽいかわいらしい笑顔でお茶を飲んでいた。


それからなぜかお菓子の入った袋をお土産に持たされ、谷口さんに呼んでもらったタクシーに乗せられてお昼前に帰宅の途に着いた。

足の痛みよりも胸に引っかかったトゲの方が気になる。
手当が早かったのが幸いしたらしく足の腫れも痛みも気にならない程度だ。
これだと却って早退させてもらったのが申し訳ないと思うほど。
ま、明日からの勤務を頑張るからよしとしてもらおう。

それにしても、胸がざわつく。
緒方さんは初めから私のことを疑ってたから近付いてきたんだなあ、と。

あの晩、アルコールが入っていたとはいえ緒方さんとの会話は楽しかった。
それから、ふぐを食べに行った日も友人になろうと言われてからの会話は楽しかったのだ。だから次に行くお店はどんなところにしようかなんて考えていたんだし。

会社で評判のイケメン、シークレットさんの素顔に触れ、あまつさえ特別な人になれたことでいやだいやだと言いながらどこか舞い上がっていた自分が心底情けなくて恥ずかしい。

それと、今は今月の生理が遅れているってことに少なからず動揺していた。
昨日までは心配していなかったのに、こうなると急に気になるものだ。

本当に妊娠していたらーー?

緒方さんは妊娠していたら結婚するだなんて言っていたけれど、こうして裏で何があったのかを知ってしまうと緒方さんを信用する気にはなれないし、尚更結婚などする気にはなれない。

よし、検査してみるか。
ここで心配してモヤモヤしてても始まらない。

早速近所のドラッグストアに出掛け市販の妊娠検査薬を購入して、ドキドキしながら検査した。

ーーーー結果は陰性。
まだ生理は来ないけど、たぶん、妊娠していない、かな。

きっと色々ストレスが溜まっているからなんだと思うけど。
やっぱりモヤモヤはおさまらないし、生理が来なければ気持ちが落ち着かないのかもしれない。
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