シークレットの標的(ターゲット)
工藤さんから聞いた話を思い出して余計に腹が立つ。
全力で冷たい視線ビームを緒方さんに向けて発射しながら玄関を指さした。

「心配してくれてアリガトウ。私は大丈夫だからドウゾお帰りください」

私のことスパイだって疑って近付いてきたくせに。
ーー胸がチクチクする。

疑いながら同時に都合よく私のこと女除けに使って。
おまけにお泊まりとかさせて、しかも妊娠したら結婚とか言って。
ーーああイライラする。

私がスパイじゃないってわかったなら、妊娠してない確認が取れ次第、友達とか言わないで元の何もないただの同僚に戻ると言えばいいのに。
延々女よけとして使うつもりだ。
ーーイライラがどんどん怒りに変わってきた。

こんな時に限って生理も遅れてるし。
ーー怒っていたら足が痛くなってきた気がする。

だいたい、緒方さんがちょろちょろと私の回りにいるから向田くんと宮本さんから私があんな嫌がらせされる羽目になったんだ。
ーーなんだか怒りでクラクラしてきた。

「はい、無事が確認できたでしょ。お帰りください。何時だと思ってるんですか」

帰れ、帰れ、しっしっと右手で追い払うような仕草をしてやる。
緒方さんが気分を害しても知るもんか。
そっちが悪いんだから。

緒方さんはというと、怒る私の左手を握りしめてきた。

「何してるのよ、帰ってって言ってるの」

握られた手を振り払おうとするけれど、握られた力が思ったより強くて離すことができない。

「ちょっと。手を離してよ」

ぶんぶんと振ってみるけれど、一向に離してもらえずため息が出る。
かっかしている私と違って緒方さんは何も言わないで私の手を握りしめているというこの状況に私の怒りが倍増していく。

「ねえ、あなたちょっと失礼だと思わないの。こんな時間に女性の部屋に入り込むとか」

非常識はそれだけじゃない。

「だいたいあなた私のことスパイだって疑って近付いてきたんでしょ。それをそのまま女除けに使うなんてホントに失礼」

その話をすると途端に緒方さんの顔が曇った。
さすがに自分に非があるとわかっていたんだろう。

「ああ、うん、悪かったと思ってる」

「だったら!私がどうして怒ってるかわかるでしょ。もう帰って」

「わかってるからちょっと話をさせてくれないか」

「冗談じゃないわ。人のこと勝手に利用して」

鼻息荒く早口でまくし立てる私と冷静な緒方さん。
ホントにマジで頭にくる。
この人がいなければ静かな生活が送れたはずなのにと思うと腹立たしい。

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