シークレットの標的(ターゲット)
「おはようございます。長いお休みありがとうございました。これ皆さんにお土産」
笑顔で出勤してきた松平主任は事務の女性にお土産のお菓子の大きな箱を渡すと、軽快な足取りでデスクについた。
少し日焼けもしているような様子を見ると休暇を満喫することができたらしい。
報告義務のある留守中の出来事は一覧にして主任のパソコンにメールしてある。その中にはもちろん例の小池さんと緒方さんの件も。
松平主任はパソコンを開くと無言でこの一週間分のメールチェックをしている。
ドキドキしながら様子を窺っていたけれど、結局私も小池さんも声を掛けられる事はなかった。
昼休みになり、スタッフ達は各自動き出した。小池さんは社員食堂に行き、私はお弁当を持ってきていたのでオフィスの奥にある大テーブルに移動しようと席を立ったところで主任に声を掛けられた。
「大島さん、私も今日はお弁当なの。一緒にどうかしら」
ああ、今から面談か…。
「はい。お願いします」
「じゃあ、診察室の奥の休憩室に行きましょう。草刈先生もいらっしゃるし」
確かにそこなら誰かに話を聞かれる心配は少ない。
「やだ、びくびくしなくて大丈夫よ」
主任は笑っているけど、こっちは笑えない。
中に入ると、
「お先に」と草刈先生が昼食のお弁当を食べていた。
「先生、それってもしかして手作りですか?ずいぶんと綺麗ですね」
草刈先生のお弁当はカラフルで美味しそう。赤に黄色に緑が映えている。
「彩りもいいし、美味しそう」
松平主任も覗き込んだ。
「ふふ、これは夫の手作りなのよ。スゴいでしょ」
「旦那さんのですか?なんてうらやましい!」
数年前に結婚した草刈先生のご主人は大学病院にお勤めのドクターだと聞いている。
朝から奥さんのお弁当を作ってくれるなんてうらやましい限りだ。
「わたし朝が弱いから、朝ご飯とお弁当は夫が作ってくれるの」
「えー、いいなぁ」
愛されてるなあ。
羨ましいを通り越して拝みたいレベル。
「さあ私たちもいただきましょうか」
松平主任に促されて私も持参のお弁当を食べ始める。
「あら、大島さんのだってすごく美味しそう」
「本当、すごいわ。煮物にお魚の照り焼きなんてお店のみたい」
おふたりに褒められてちょっとくすぐったい。
「実家が食べ物関係なもので、ひとり暮らしをしていても料理にはこだわっちゃって。と言っても私も朝は弱いんでお弁当は前日の下ごしらえが命ですよ」
それから女子高生のようにおかず交換しながら楽しく昼食を食べた。
専ら話題は草刈先生とご主人のことだ。
大学時代の同級生で、奥さんは企業の産業医、旦那さんは内科医。結婚式はオーストリアの古城。
お城でウエディングなんてお姫様みたい。
結婚後はお互いの職場の中間地点のタワマン暮らしで、休日は二人でショッピングとドライブ。
「はあ~、ありったけの夢を詰め込んだみたいな話ですね」
「本当ね、アラフォーの私が聞いても憧れちゃうわ」
松平主任もうっとりと草刈先生のスマホの中のウエディングドレス姿の写真を眺めている。