シークレットの標的(ターゲット)

私の声がきちんと緒方さんの胸に届いたようでホッとした。
ここまで言えば大丈夫だろう。
私もちょっとイライラしすぎたと反省。
緒方さんに優しい声を掛けることができたし、シークレットな仕事で疲れているだろうから早く休んで欲しい。

「じゃあ」と緒方さんが顔を上げる。

「うん。心配してくれてありがとう。気を付けてーー」帰ってねと続けようとしとした私の声に
「明日はここより広い俺の部屋に移動ってことで」という悪魔の声がかぶった。

もおおおおおおおおおおおー
ぜーんぜんダメじゃん。わかってないー


そこから再び私は大丈夫なんだと説得が始まる。(まただよ)

歩けるし、シャワーも平気。シャワー後の手当だってテーピングだって問題なし。
家事だって特に問題なし。まあムリすることはないから多少料理は手抜きになるだろうけど、たまにはいいと思う。

「ね、だから私のことよりご自分の身体のことを労って」
と暗に帰れと促す。

そのうち聞き飽きたのか緒方さんが大きなあくびをした。
「ほら、もう眠くなってるじゃない。もう1時半過ぎてるし当たり前だよ」(だから帰れ)

「わかった、わかった」
やっと頷いてくれた緒方さんにホッとしたけど、こちらもずいぶんと疲れた。

「悪いけど、何か飲むものもらっていい?喉渇いちゃってさ。勝手にキッチン入っていいならそうするけど」

「あ、ごめんね。何も出さずに。わたしがやるわ。なに飲みたい?コーヒー、紅茶、緑茶。あとはミネラルウォーターとペリエくらいだけど」
足が大丈夫な証明のために率先してキッチンに向かう。

「あー、水でいいよ水」

「オッケー」
キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに入れる。
そういえば緒方さんお腹は空いてないんだろうか。

「ねえ、お腹はーーー」
そう言いながら部屋に戻るとベッドを背もたれにして緒方さんが目を閉じていた。
疲れてるよね。
だから早く帰れって言ったのに。

お水のグラスをテーブルに置いて声を掛ける。
「緒方さん、眠いんでしょ。タクシー呼ぶから支度して」

返事がないので、もう一度「緒方さん」と声を掛けてみるけれど、反応がない。・・・まさか。
私が離れて1分も経ってないのに寝ちゃったんだろうか。

「緒方さん」
近付いてよく見ると、目を閉じているだけじゃなくて寝息が聞こえる。

だめ、だめ、寝ちゃダメでしょ。
「緒方さんっ、寝ちゃダメだから。起きて帰らないと-」

かわいそうだけど、ここで寝られても困るし、ゆさゆさと肩を揺すって「起きてー」と声を掛ける。
でも目を開けてはくれず、うーとかうーんとか何かもごもごと言ったと思ったらどさっと床に崩れ落ちてしまった。

えええー。
座って居眠りよりもダメだ。
そう思った通り、あっという間にすぅーすぅーと緒方さんの呼吸が深くなっていく。

焦った私は馬乗りになって揺り起こそうかと思ってけれど、緒方さんの寝顔を見てやめた。

目の下の血色が悪い。そこに無精ひげもプラスされて相当疲れているように見える。
どんな遠いところから帰ってきたのか知らないけど、疲れてないはずがない。おまけに私のことを聞いて気になったのだろうし。心身共に疲れているはず。
ーーーこんな時間から帰したら彼が自分のベッドで寝るのは2時半近くになってしまうだろう。

よし、仕方ない。

このままここで寝かせようと決め、予備の掛け布団を緒方さんの身体に掛けてやるともぞもぞと身体を動かして自分でくるまってしまった。
その動きの面白さに吹き出しそうになるのをぐっと堪えて少しの間観察してしまう。

イケメンって疲れてても寝ててもイケメンなんだなぁ。
多くの女性陣が夢中になるのがよくわかる。
整ったお顔。ほくろまでかっこいいわ。

しかし、自分のプライベートルームに蓑虫になった緒方さんがいるなんて。
蓑虫のシークレットさんとかちょっと笑える。

これ写真にしたら結構いい商売ができそうーーやりたい。やらないけど。






< 82 / 144 >

この作品をシェア

pagetop