シークレットの標的(ターゲット)
そして、ソレはやってきた。
仕事が終わる時間を見計らっていたとしか思えないタイミング。
「望海、帰るぞ」
悪夢再び。
いきなり入ってきて名前呼び。
シークレットさんの登場にフロアに残っていた女性スタッフの黄色い声が飛んでわたしは意識を飛ばしたくなった。
殴っていいかしら。
背後からクスクス笑いが聞こえて振り向くと松平主任がいた。
「もしかしてわたしの帰宅のタイミング連絡しました?」
「さあね」
松平主任の表情を見ればわかる。
スパイがここにいまーす。
「さあお迎えも来たことだし、もうお帰りなさいな」
肩をぽんと叩かれて送り出されてしまった。
余りグズグズしているとデスクまで迎えに来られそうなので渋々「お疲れ様でした」と松平主任と周囲に挨拶しながら緒方さんのいるカウンターに向かう。
四方八方から刺さる視線が痛い。
視線ってホントに痛いんだなと緒方さんを見ないようにして意識ごと緒方さんを避けてみるが、目の前でキラキラオーラを出しているからどうしても視界に入ってしまう。
上層部に進言させていただきたい。
シークレットな仕事をさせるにはもっと周囲になじむ容貌の人間を使うべきだと。
立っているだけでこんなに目立っては情報を欲する人たちを呼び寄せているようにしか見えない。
「なんでお迎えに来るんですか」
小声で文句を言いながらフロアを出てエレベーターに向かう。
「そんな早足で歩いて大丈夫なのか」
緒方さんの心配そうな目がくすぐったい。
「大丈夫ですよ。昨日も大丈夫だって言ったじゃないですか」
「そうだけど、お前無理しそうだから」
「ホントに大丈夫ですからね」
エレベーターに乗り込み前の人に続いて1階で降りようとしたら腕が引かれ扉を閉められてしまった。
「車で来たから俺たちは地下だ」
有無を言わせず地下駐車場に連れていかれ車に押し込まれた。
・・・ま、帰宅時間の地下鉄は混んでるからいいっか。
無理して治癒が遅くなると困るし。
諦めておとなしくシートに座りシートベルトを付けた。
「ーーーなあ、いろいろ話したいから俺の部屋でいいだろ」
黙っていると「望海の部屋でもいいけど」と言われ
ぶっきらぼうに「緒方さんの部屋でいい」と答えた。
そりゃあ話は会社の業務上の秘密に関わることだろうから安心して話ができるのはどちらかの部屋が適当だと思う。
そうだとは思うけど、何だかちょっと。
気軽にお互いの部屋を訪問する関係でもないのにああ続けてあんなことがあると、ね。
今度こそ油断しないぞと気合いを入れた。