シークレットの標的(ターゲット)
2回目になる緒方さんのマンション。
洗面所をお借りして手洗い、うがいをしていると玄関のインターホンが鳴って緒方さんが対応している音が聞こえる。
誰か来たのだろうか。
第三者を入れての話し合いになるのかな。
関係者と言えば、常務室の方々、松平主任、それと草刈先生のご主人も緒方さんの仕事に関係しているって言っていた。もう一人、森山くん。
まさか向田くんと宮本さんってことはないだろう。
今から緒方さんがどこまで話してくれるのかわからないけれど、常務室で聞いた話よりはもう少し詳しく知りたいところではある。
勿論守秘義務違反にならない程度で。
誰かいるのかと思って恐る恐るリビングに戻ったけど、誰もおらず緒方さんがいるだけだった。
お客さんが来たのかと思ったけれど違ったみたい。
すすめられるままにソファーに座り、緒方さんが話し始めるのを待った。
今日は昨夜のようにイライラもしてないし落ち着いて会話する精神的ゆとりもある。
「まずはーーー」
と話し始めた緒方さんは背筋を伸ばしてテーブルに手をつき私に向かって頭を下げた。
「申し訳なかった。望海に怪我をさせてしまったのは全部俺が悪い。もっと慎重に動くべきだったのに、それができず怖い思いをさせて痛い思いまでさせた。本当にごめん」
話し方、態度共に緒方さんが本気で謝っているのが伝わってくる。
彼もまさかこんなことになるとは思わなかったって感じなんだろうけど。
「私はもう捻挫のことはどうでもいいの。無断で書庫にいるところを見つけたのが私じゃなくて常務の姪の松平主任だったとしても宮本さんは突き飛ばしたかもしれないし」
もっとも普段から運動している松平主任だったら突き飛ばされても捻挫などしていないだろうけど。
「それよりもわたしは私たちの関係を清算したい」
緒方さんは悪人ではない、むしろ一緒にいて楽しいと思っていた日もあった。
友人として付き合うのも悪くないと思っていたのに、昨日の常務室での話を聞いてそれは信用できないに変わった。
「子どもは出来ていなかったの。だから安心して私たちの関係をゼロに戻せるよね」
ゼロというかむしろマイナス。
たかだか森山くんと会っただけでスパイだと思われていたのもむかつく。
1回は本当に偶然だし、2回目は同窓会。二次会だって私は森山くんに誘われたから行ったのだけど。
スパイだと疑っていたくせにその女と寝るような男なんて信用できるはずがない。
何が妊娠していたら結婚だ。
子どもがどうということじゃなくて私は愛するひとと結婚したい。今回のことでそれがよーくわかった。
それと、気が付いてしまったのだ。
緒方さんが社内で私と付き合っているような思わせ振りな行動の意味に。
あれ、ただの女除けじゃなくて私は『囮』だったんだと思う。
社内で噂になるように仕向けて、スパイをあぶり出そうとしたに違いない。
策略家タヌキ常務の企みなのか、緒方さん一人の考えなのかはわからないけれど。
いち会社員がとんでもないことに巻き込まれたものだ。