シークレットの標的(ターゲット)
「このところ、うちの会社は結婚ラッシュだから。若い子達が浮ついてしまうのは仕方ないかもしれないわね」
「ああ、受付の秋野嬢から始まって副社長とタヌキの秘蔵っ子の婚約、営業の高橋くんと薔薇姫でしょ。それと、法務の沢田女史」
「ああ、海事の東君のお父様と結婚して義理の親子になったってやつね」
松平主任と草刈先生の話に私もうんうんと頷いた。
確かに最近うちの会社の有名人が次々と結婚している。
受付の秋野さんは大女優の妹さんだし、副社長や高橋さんのお相手たちも社内では有名人だ。
タヌキの秘蔵っ子とか飼育係と呼ばれている谷口さんは地味な印象の人だったけど、副社長と婚約してからは一皮剥けたように洗練された美人秘書としてバリバリ働いている。
法務の沢田さんは独身主義を公言していた40代の女性管理職。その彼女が海外事業部の東さんの父親と結婚したという話も話題になった。
大学教授をしている東さんのお父様。東さんの母である奥さんとは東さんの幼少期に死別しているのだそう。
沢田さんは大学の教え子で、二人が結婚するきっかけを作ったのは東さんだったとか。
なかなか素敵な話だ。
「独身御三家は壊滅しましたね」
副社長は婚約、社長秘書の林さんはイタリア支社長になって海外に行ってしまったし、営業の高橋さんは先日結婚式を挙げた。
「薔薇姫の後継者の一人って言われてる柴田君も受付嬢と婚約したって?柴田君って新御三家に名前が挙がるんじゃないかって言われてたのにね」
松平さんがそう言うと、草刈先生が「ホントに結婚ラッシュね」と頷いた。
「ところで大島さんはどうなの?」
いきなり草刈先生に振られて
「いい話はないですねぇ」と即答すると首を傾げられた。
「男に興味がないってワケじゃないんでしょ?いい人いないの?」
「残念ながら」
私は首を横に振った。
「出会いがないわけじゃないでしょうに。こんな大きな企業で働いているんだから」
「出会いですか?うちのフロアじゃあるような無いような・・・ですよね」
同意を求めて松平主任の顔を見ると、主任も困ったように笑っている。
うちのフロア、産業医は草刈先生の他に男性医師もいるんだけど、既婚者。
他の医療職の看護師、保健師の有資格者は皆女性。
事務スタッフは男女混合だけど、適齢期の独身男性はほとんどいない。
とてもじゃないけど、ここでは見つからない。
「ここのフロアじゃなくても社内にはいるでしょ」
「他のフロアになんて行かないですもん。出会う機会なんて無いですよ」
「でも、前にいたナースの小川さん、海外勤務の健診受けに来た海事の社員と結婚したんでしょ。そのパターンもないこともないんじゃない?」
「それはレアです」
はっきり言い切ると、松平主任も「そうね」と賛同してくれた。