シークレットの標的(ターゲット)
『囮』と言った瞬間、緒方さんがわかりやすく顔をしかめた。

「さっきも言ったけど、わたし、緒方さんの事信用できないから。友人関係もやめさせていただきます」

「・・・そうか、やっぱり信用できないよな」

はっきりと言い切った私に緒方さんは頭を抱えてがっくりとうなだれてしまった。

いや、もう信用なんて出来ないでしょ。

「あの時、自分の留守中に私の身に何かあるかもって思ってたから何かあったら常務室に行けって言ってたんでしょ。」

今ならよくわかる。私は囮だった。

でも、私の身に危険があることが予想されるなら何かひと言あってもよかったんじゃないか。
何かあったらじゃなくて
何かあるかもしれないから気をつけろ
とか。

もう言ってもしょうがないけど。

私の中で彼は親しい友人からただの同じ会社勤務しているだけの人に格下げになることはもはや決定事項。

それだけじゃない、タヌキ常務や憧れの常務秘書の谷口さんにもがっかりだ。

大企業の上層部となるとお綺麗ごとだけじゃいられないのはわかるけど、なんの関わり合いのないただの社員を囮に使っても平気なんだな。

もうちょっと社員を大事にしてくれる会社なのかと思っていた。今まで会社に不満がなかっただけにちょっとショックだ。


「囮役はこれで終わったんでしょ。女除け、明日からは絶対にお断りだから。仕事以外で絶対に絶対に話かけないで。できれば今までみたいに健康管理部には来ないで。近付かないで、こっちも見ないでね」

よし、言ってやった。
さあ帰るか。


「・・・・・・・・ったんだよ」

「え?何て言ったの。よく聞こえなかったんだけど」

立ち上がろうとした私の手を緒方さんが力なく掴んだ。

「だから、・・・・って」

「聞こえないから」

俯いているせいで何を言っているのかわからない。ごにょごにょと呟いてはため息をつくを繰り返している緒方さんにイラッとする。

「…囮にする気はなかった」

緒方さんがやっと顔を上げたけれど私よりも険しい顔をしているから負けじとにらみ返してやる。

「そんな気がなかったとは言わせないわよ。こんな状況になっていたなら気が付かないはずないじゃない。どう考えてもあれは囮よね」

「信じてもらえないかーーーやっぱ常務の言うとおりだったな」

ほらやっぱり後ろに常務がいた。

「・・・出張前に常務に言われたんだ。きちんと信頼関係が築けているかって。俺ははっきりさせるのが怖かったから黙って出張に行ってしまった。でももっと早く帰るつもりだったしーーーってこれも言い訳だな」

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