シークレットの標的(ターゲット)
「だったら、なんなの」

「うんーー」
緒方さんはまた口ごもった。

なんだか今日の緒方さんはいつもと違ってずいぶん歯切れが悪い。
こんな人じゃなかったと思うんだけど。

「もう、話す気がないんなら帰りますよ。私だって忙しいんだから。明日は楽しい楽しい休日だし」

話さない気なら帰るぞと脅すように告げると
「何か予定があるのか」と不機嫌そうな顔をされる。

もういい加減にしてくれ。

「私にだって予定くらいあります」

一週間分の掃除とか買い物とか。ラノベも読みたいし昼寝もしたい。
誰か他人と出掛ける予定はないけど、今そんなこと言う必要ない。寂しい女だと思われるのもしゃくだし。

「森山に誘われたのか」

「誘われてませんけど」

だからなんでそこに森山くん。

「森山くんとは同窓会の後にも先にも連絡したことないのに、緒方さんはどうして森山くんにこだわっているの。ホントに意味わかんない。あー、でも森山くんに誘われたら行くわ、確実に。誘ってくれないかしら」

いい加減面倒くさい。
もう帰ってもいいかな。
傍らに置いたバッグを持って立ち上がろうとすると、バッグを持った手を緒方さんに掴まれた。

「俺が行くなって言っても?」

「まあ、そうね、行くわよ。あなたと私との間には何の関係性もないわけですし」

当然だろうと突き放した答え方をすると、急に緒方さんの目が細くなり更に不機嫌になった。

「森山には会わせたくない」

会わせたくないと言われても私は緒方さんのものではないし。

「緒方さん。マジで女避けはよそで探して。それと、森山くんとは同級生だし、地元のことで聞きたいことがあるから今後もしかしたら会うことがあるかもしれない。だから緒方さんの意向には沿うことはできません。わかった?」

「ああ、くそっ。うまく話せねえ」

緒方さんが苛立ったように両手で頭をかきむしる。
いつもの自信満々な雰囲気と違う姿に驚きを隠せない。
少なくともいつもやられっぱなしだったからちょっと小気味いい。

「何を言いたいのかわからないけど、仮に森山くんから女避けの役は頼まれても引き受けないし、私は森山くんと緒方さんの仲も邪魔しないからご安心くださいませ」

「だから、俺と森山はそんな仲じゃないって何回言ったら納得するんだ」

緒方さんは大きなため息をついた。

「違うの?だって緒方さんの森山くんに対する執着すごいから」

「このとんちんかん。俺が執着してるのは森山じゃなくて望海だ。そんなこともわかんねーのか」

「しつこくされてるのは理解してるよ。うまく利用できるもんね。でも都合のいいところにいたからって囮に使うなんて最低」

心から呆れたという顔をされて私も言い返した。
自分にも執着されてるのはわかってる。だって都合がよかったんだもんね。
妊娠してるかもーーなんて可能性だけで引き留めるし。


「好きな女を近くに置いておきたいと思ってなにが悪い」

「は?」

苦々しい顔で吐き出された言葉に私の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
この人、いま何と?

「望海のことが好きだから妊娠の可能性なんてアホなこと言ってお前が離れないようにしたし、周囲にも付き合ってるアピールをしたんだろうが。そのくらいわかれ」

わかれ?
わかるわけないでしょーがっ、なに言ってんだこのボケ。

ーーっていま、緒方さん何て言った?
望海のことが好きだからってーーーまさか?え?本気?

信じられない角度からきた告白に脳がついていかず、しばし固まる。
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