シークレットの標的(ターゲット)
「これは全部望海が使うための物だ。化粧品から部屋着、下着もあるし、月曜の朝の通勤に着る服も準備した。足りなければ追加で買うからなんでもいってくれ」

何を言い出したのかと唖然とした。
化粧品から通勤着までってーーーアタマおかしくない?!どうかしてる。

「物を買い与えて監禁でもするつもりなの」

更に視線の温度を下げて睨むとさすがに緒方さんの顔色が変わった。

「監禁なんて物騒なことするはずないだろう。ただ、心配なだけだ。いや、心配だけじゃないな。手の届くところにいて欲しいんだ。海の向こうで望海が怪我をしたって聞いたとき、本当に心臓が掴まれたかと思った。心配で気が狂いそうだった。俺のせいだってわかってるし、俺は望海のことが好きだけど、今は望海の気持ちは何も望まないし何も言わなくていい。俺が好きだって言ったことは今は忘れてくれて構わない。だから頼む、この週末だけでもいいからここにいてくれないか。
勿論、絶対に手を出さない。寝る場所も別だし、望海の嫌がることはしないって誓うから。頼む」

土下座せんばかりの勢いで頼み込まれてちょっと気持ちが揺らぐ。

この人、昨日の夜も空港から直接うちに来たし、心配してくれているのは本当っぽい。

今は私の気持ちを何も望まないと言われたことにもちょっとほっとする。
急に言われてもどうしたらいいのかわからなくて困るっていうのが今の本音なのだ。


「俺は夕食を食べたら会社に戻るから望海はここでゆっくり過ごしてくれればいい。風呂もテレビもその棚に並んでる本もこの部屋にあるものは何でも自由に使ってくれていい。パソコンが必要なら使ってもいいし、眠たくなったら寝室のベッドを使ってくれ。勿論鍵をかけて。俺は早い時間には帰らないし、帰ってきても寝室には入らないから」

それに、と緒方さんはダイニングテーブルを指差した。

「夕飯はもう届いているし。たぶん望海の好きなものだと思うんだけど」

どうやら私が洗面所を借りている間に夕食が届けられていたらしい。

チラリと視線を向けると、テーブルの上に大きな保温箱が置かれている。
大きな箱が置いてあるとは思ったけど、まさか夕飯が入っていたとは。

ん、まさか、まさか、あれってーーーー

「そう、気が付いた?」

緒方さんがしてやったりの笑顔を浮かべた。

うわあ、あの箱、あれ人気過ぎて予約がとれないって評判の西麻布のビストロの名前がかかれてる。
まさか、まさかだけど。

「常務のコネクション使わせてもらって手に入れたんだ。テーブルの予約は3ヶ月待ちらしいな。テイクアウトも配送も友人知人とか関係者にしかしていないらしいぞ。ーーーもちろん食べるよな。俺1人じゃこんなに食べられないし」

ニヤリと笑う緒方さんにため息が出た。
もうすっかりこの男に餌付けされている自分が情けない。

でも、食べてみたい。
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