シークレットの標的(ターゲット)
「谷口さんは私が囮になってるって知ってたの」

「いや、工藤さんは気が付いていただろうけど、谷口さんは知らなかった。あの人がこの件を詳しく知ったのは昨日の向田の女が望海に怪我させたあとだな。事前に望海が囮になってると知ってたら激怒して俺はたぶんもうとっくに海外に飛ばされててしばらく帰国できない状況にされただろう」

「そんな大袈裟な」

「いや、望海は知らないかもしれないけど、彼女結構強いんだ。さすが薔薇の花の親友。昨日だって常務が取りなしてくれなかったら俺昨日のうちに日本から出されていたかも」

マジトーンで言うところをみると、本当なのかも。
きれいなお顔をしてお強いとは知らなかった。
憧れの谷口さんがこの件に関与していないことにも安堵したし。


「誠心誠意望海に向き合えと言われたよ。それで、あの荷物の用意を頼んだんだ。化粧品や服、下着なんかも谷口さんが選んでくれて準備してもらった。俺は金を払うくらいで何も出来ないから。でも谷口さんも望海の趣味を知ってる松平主任にアドバイスしてもらったって言ってたな」

そこに松平主任の名前が出て来てはっとした。

「松平主任も私が囮になっていたのを知っていたんだよね」

それは草刈先生も然り。
お昼は必ずといっていいほど一緒に食べていたし、何度も身の回りにおかしなことがないかと聞いてきていたし。

「いや、そこまでの話だとは知らなかっただろう。松平主任は俺のファンの女性社員から望海が嫌がらせされるのを警戒していただけだろう。だから主任を責めないでほしい」

「わかってるわよ」

「今頃常務から望海が怪我をしたことと部下がスパイ行為をしていたことの本当の理由を聞かされているはずだ。おそらく松平主任はショックを受けるだろうな。彼女のせいじゃないのに」

そうか、松平主任も知らなかった側の人なんだ。
ホッとすると同時に宮本さんのことを思い出し嫌な気持ちになる。

自分の部下がスパイ行為をしていたんだと聞かされた松平主任のことが心配だ。


ーーー食卓の支度ができて、とりあえず一連の出来事のことは頭の中から締め出して食事をいただいた。


いいのか悪いのか、この人と食の好みはバッチリ合ってるんだよね。
料理に関しては信頼してる。
他のことは…もうちょっと考えさせて欲しい。




お料理を食べ終わるや否や緒方さんは立ち上がる。

「じゃあ俺は会社に行ってくる。さっきも言ったけど、望海は好きなように寛いでいて。あの箱の中身は望海のものだ。お詫びの一部だと思って使って欲しい。あと、この部屋の鍵は置いていかない。もしどうしても帰りたかったら玄関の鍵は開けたままでいい」

「ええ?」

言い捨てるようにして出ていってしまった緒方さんを追いかけることもできず、お箸を持ったままダイニングに取り残されてしまった。

ううーん、緒方さん考えたよね。さすがって感じ。
余所さまのお宅の玄関の鍵を開けたままで帰れるわけないじゃん。万が一泥棒が入ってしまったらと思ったら恐ろしくて。

このまま帰ることができないことは決定してしまった。

ふうっとため息を吐いて部屋の中を見回した。

段ボール、何が入っているんだろう。
全部わたしのものだって言ってたけど。
谷口さんが選んでくれたってーーちょっと興味ある。

帰ってこられるかわからないって言ったし、お世話になってしまおうか。

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