初恋は、ドッペルゲンガーだった。
「転校生を紹介する」
先生がそう言った。
みんながざわめくなか、私はのろのろと顔をあげた。
みんなが転校生が教室に入ってくるのを見ていた。
男子制服の上にパーカーを来た、フードを被った転校生が、教室に入って来た。
ざわざわとした教室が、一瞬シン、とした。
転校生の顔を見る。
……私は息を呑んだ。
だって、その子の顔が…
「……え?」
みんな、この瞬間だけは完全に沈黙した。
その子の…転校生の顔は「私」だった。
みんな私を見た。それからもう一度転校生を見た。
私は転校生から、さっと視線を逸らした。
だが、運の悪い事に目が合った。
転校生が、息を呑んで絶句しているのが、手に取るように分かる。
「良いかー?今日からみんなと同じクラスの、キザキ アザミだ」
(は?)
私はまたも驚愕する。
…その名前は、私のだ。
私は、先生が黒板に[稀崎 薊]と書くのをじっと見つめた。
(…あ、なんだ…)
…良かった。漢字は同じじゃない…
私の字は[鬼崎 阿佐美]だ。
「稀崎、挨拶してくれ」
そう言われて、稀崎と言う転校生は、若干俯きながらみんなの方を向いた。
「…稀崎です。宜しくお願いします」
案外低い声で、制服と総合して男子だと知る。
誰かが呟いた。
「…鬼崎さんって兄弟いたっけ?」
…いや、いない。
いないはずだ。
いたら…私と言う存在が覆されてしまう。
でももし…もし、この転校生が、本当は私の血縁者だったら…


……私は誰なんだ?


考える。
転校生の顔が、自分に似ていた理由を。
考える。
転校生の名前が、自分に似ていた理由を。
考えて考えて…
考えた果てに結論が出た。
これは[夢]だ、と。
これは何かの夢だ。
夢に本物なんて存在しない。間違いだ。
…もう一度寝て、目が覚めたら全部元に戻る。
そう言い聞かせる。
「先生、体調が悪いので保健室に行ってきます」
先生にそう言い、私は教室を出た。
誰かに悪口を言われているような気分になりながら、私は保健室へと急いだ。


目が覚めた。
…私は保健室のベッドの上だった。
現実ならば、私は自分の家のベッドの上にいるはずだ。
…まだ覚めていないのか…?
私は、自分の手の甲を思いっきりつねった。
刺すような痛み。
「……?」
頰をつねる。
洗濯バサミで頰を挟んだような痛み。
…どう言う事だ?
これは現実なのか?
…さっきの転校生は…?
と、カーテンがシャッと開いた。
「阿佐美ちゃん、起きてる?」
「……恵美香ちゃん」
友達の恵美香ちゃんが心配そうに入ってきた。
「大丈夫?次の授業、体育だけど…」
「…体育…」
確か、体育があったのは火、木、金曜日。
「恵美香ちゃん、今日って何曜日だっけ」
「ええと…火曜日だよ」
恵美香ちゃんがカレンダーを確認しながら言った。
…当たってる…
つまり、やっぱり現実か。
…いやでも…転校生は?
さっきの転校生はどうなる?
その時、恵美香ちゃんがふと思い出したように言った。
「そう言えば阿佐美ちゃんって好きな食べ物、何?」
「好きな食べ物?ええと…綿飴とアイス」
「へぇ〜好きな色は?」
「…マゼンタ」
「…嫌いな食べ物は?」
「…しいたけとマヨネーズ」
「わぁ……」
何が「わぁ…」なのかよくわからなくて、
「急にどうしたの?」
と聞いた。
恵美香ちゃんは、少し視線を揺らめかせた後、
「…ううん。そっくりだって思っただけ」
と言った。
「そっくり」。
…「誰と」とは聞けなかった。
聞いたら、私の存在が掻き消えるような気がした。
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