初恋は、ドッペルゲンガーだった。
…私は人からよく、「中性的で整った顔立ち」と言われる。
「整った」はともかく、「中性的」は的を射ていると思う。
だからこそ、私は自分に似た顔の人はそうそういないと思っていた。
…今この瞬間まで。
私はバーに来ていた。
長いカウンター。
客は私一人。
私はカウンターの向こう側に立つ人物に目をやった。
そこにはバーテンダーの服をきた転校生。
何とも言えない沈黙。
そして、私達は同時に口を開いた。
「…あの高校、バイト禁止だよ」
「…未成年は飲酒禁止だ」
同時に喋ってしまってから思わず黙る。
数秒後、またも同時に口を開いた。
「あの……」
「あのさ…」
沈黙。
「あ、先どうぞ」
「………」
目の前の転校生…稀崎は、しぶしぶと言ったように口を開いた。
「…何でバーにいる」
「……何となく、疲れたから」
「…未成年飲酒禁止だ」
取り敢えず無視して言う。
「オリジナル作って」
「……だから…」
「バイトの口止め料」
「…………」
私を睨みながら、稀崎はブレンドを作り始めた。
私はニヤリと笑う。

「…で?」
シェイカーにリキュールを入れながら稀崎が言った。
「お前は何を質問しようとしたんだ?」
「…ああ…そう言えばそうだった」
(ええと)
私は質問を思い出す。
「稀崎、好きな食べ物は?」
「…は?」
「いや、だから好きな食べ物」
稀崎は怪訝そうな表情をしていたが、
「…綿飴。後アイスクリーム」
と素直に答えた。
…軽い頭痛が私を襲う。
「…嫌いな食べ物は」
頭を押さえて私は言う。
「…マヨとしいたけ」
(マジか……)
一種の確信を持った私は、最後の質問をする。
「好きな色、マゼンタ系の赤だろ」
首を縦に振る稀崎。
(……あ〜ぁ)
肯定された……。
否定して欲しかったのに、肯定……
一気に疲れた私は、カウンターテーブルに伏せる。
「ほら」
コトリと音がして、グラスが私の前に置かれた。
チラリと顔をあげる。
カクテルグラスに、深紅の液体がなみなみと注がれている。
「これなに?」
「ザクロとアメリカンチェリー、木苺、ラズベリー、レッドキュラソーをシェイクした」
「ふーん…」
私は口をつけない。
数分が過ぎる。
少しイラッとしたのか、稀崎が声をあげた。
「……おい、お前のオーダーだぞ」
「…うん…」
「うん、ってお前…」
呆れたように稀崎が言う。
私はカウンターに寝そべりながら目の前のカクテルグラスを見た。
グラスに映る自分の顔は、紅く染められている。
「………」
顔をあげて稀崎を見る。
恐ろしい程に……似ている。
鼻の形も、唇の形も。
切れ長で、やや奥二重の目も。
ついでに言えばもみあげの長さも。
同じ。そう、同じだ。
唯一の違いと言えば…後髪の長さだろうか。
相手も同じ事を思ったらしい。
稀崎は私をじっと見つめた後、
「やっぱ似てんな…」
と呟いた。
「私とお前が?」
私の声は予想外に冷たく響いた。
相手が気まずそうに視線を逸らす。
「……あくまで容姿が、の話だ」
「……別に否定しない」
口調を和らげる努力をして、相手に告げる。
それでも、バー内は少し気まずい空気と化してしまった。
客がいないことがせめてもの救いだ。
私は黙って深紅のカクテルを飲んだ。
以前食べたサングリアのシャーベットに、何処か似ている気がした。
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