初恋は、ドッペルゲンガーだった。
「…稀崎」
私が名を呼ぶと、グラスを拭いていた稀崎はピクリと反応した。
「…あのさ」
「……」
「私の名前、お前と同じなんだよ」
「…は?」
稀崎が目を見開く。
そして、言葉が分からないかのように、「……同じ……?」と言った。
私は少しだけイラッとしながら相手を見る。
「だからさ、私の名前は、「キザキアザミ」なんだ。ああ…漢字は違うな」
「………もしかして、さっきお前が聞いてきた[趣向]の質問って……」
「おや、察しが良い」
私は足を組んで稀崎を見た。
「あれは確認だ。どこまで似てるのか、のな」
「……結果は」
神妙な顔で稀崎が尋ねる。
私は目を細めた。
「All Hit」と、ふざけて呟く。
「………」
稀崎が頭を押さえた。
「頭痛がする…」と言う。
「風邪ならおすすめは卵粥だ」
私が言うと、稀崎は皮肉気な笑みを浮かべ、目で私を睨んだ。
「残念だったな。風邪じゃない上に、卵はアレルギーだ」
「偶然だな、私もだよ」
「…食った事ないのに勧めたのか」
「そ。……何か問題でも?」
私は無邪気な笑みを浮かべた。
稀崎は舌打ちする。
「性格悪いって言われないか?」
「私をコピーしたような趣向と容姿のやつに言われたくはないな」
私は我関せずとカクテルを傾ける。
稀崎は、拭いていたグラスをドンッと置いた。
「違う。[俺]ではなく[お前]が、[俺]をコピーしたんだ」
苛ついた声で言われると、少し腹が立った。
「聞き捨てならないね。私は君から生まれたオリジナルとでも言うのか?」
「そんな事は言っていない。お前の認識がおかしかったから、お前の言葉を使って訂正しただけだ」
「大体さっきから『お前、お前』…って…もうちょっと別の呼び方があるだろ」
「同じ名前の奴を何と呼べと?『コピー人間さん』とでも呼べば良いのか?」
私達は、ふたりして正面から睨み合った。
自分で自分を睨みつけているような奇妙な感覚に陥る。
「分かった、じゃあこうしよう。私が「アザミ」、君が「アザミ2号」だ」
「ふざけんな。普通逆だろうが」
「君の常識は何処から来てるんだ?その自論を常識として押し付けるのは良くないよ?」
「お前のその自信は何処から来てるんだ?根拠のない事を正当化するのは良くないよ?」
バンッと立ち上がりぎゃあぎゃあ言い合う。
どうやら悪口の能力レベルも同じらしい。
さっきから悪口のせいで会話が停滞しているように感じる。
「ハァ…もう良い、好きに呼んでよ」
「俺もどうでも良くなってきた…お前のことは[アザミ]って呼ぶ」
「そう。なら私は君を[キザキ]と呼ぼう」
それとなく決着がつき、私は椅子に座り直してカクテルを飲んだ。
稀崎も中断していたグラス洗いを再開する。
数分が経つ。
私がふと稀崎を見ると、稀崎はワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていた。
ツンツンと稀崎をつつき、「何聴いてんの?」と聞いてみる。
稀崎は少し黙った後、私にスマホの画面を突き出した。
《MDMA》……
「麻薬の名前みたいな曲だな」
「…良い曲なんだよ」
稀崎は少し不本意そうに片方のイヤホンを差し出す。
顔が似過ぎていたためか、嫌悪感が湧かなかった私は、イヤホンを受け取って耳に付けた。

『ただ消えたく無い
 ただ覚めたく無い
 手放したら終わる
 現実はもう地獄 』

繊細なエレクトーンの音と共に、そんな歌詞が中性的な声で聞こえてきた。
「へぇー」
私は思わず言った。「私が好きなタイプのだ」
「まあ趣味も顔もここまで被っていればな…」
最早諦めたように稀崎が言った。
私も笑って言った。
「双子設定とか出来そうだよね」
稀崎は「双子…」と呟いて私を見た。
そしてふと思い付いたように言う。
「お前さ、今度俺の家に来てくれないか?」
「……は?なんで私が」
私は顔を顰める。
すると稀崎はニヤリと笑った。
「今飲んでる酒の値段いくらだと思う?」
「…2000」
「残念、0が足りないな」
「……うわ…」
「それをタダにする、どうだ?」
「……それだけか?」
「飲酒」
「…………」
「違反」
「………ッ…」
私は稀崎を睨む。
「私にAVモノの事したら殺すからな」
「しない」
「……どうだか」

校則違反と法律違反は互いにニヤリと笑いあった。

世界は二人の予想を凌駕し、明日へと歩く。
淡々と。淡々と。
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