クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
張刑事が、短く息をのんだ気配がする。


「我知佢」


彼に考える隙を与えず、続けて畳みかけた。
カツカツと靴の踵を鳴らして歩きながら、エレベーターの前を素通りした。
捜査二課の執務室がある四階まで、ゆっくり階段を上る。


「……黑手黨,對吧?」


インターポールへの人物照会で知り得た情報――アーロン・リー=香港のマフィア――を、ズバリ直球でぶつけた。
張刑事は、黙っている。
俺も唇を結んで、彼の反応を待った。
二階の踊り場に出たところで……。


『瀬名サン。アナタ、広東語ワカルネ?』


電話越しに、硬い声が耳に届いた。
俺は一度首を縦に振った。


「あなたたちがアーロンについて話しているのを聞きました。香港警察は、マフィア絡みの事件には、特に慎重になる。情報開示にも腰が重い」


電波に乗って、深い溜め息が返ってくる。
そして。


『……彼ノ、ナニガ知リタイデスカ』


諦めたような口調。
俺は、サッと辺りに視線を走らせた。
踊り場はもちろん、階上の三階にも階下の二階にも、人の姿はない。
俺は、踊り場の壁に背を預け――。


「事件の四年前まで遡り……『RINKA FUJISAKI』とやり取りした通信履歴を開示してほしい」


声を潜め、早口で伝えた。
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