クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
それは剣道のお稽古だったのだけど、当時の私はそういうスポーツがあることを知らなかった。
なにかとても野蛮な戦い……いや、喧嘩のように見えて、怖くて腰を抜かしてへたり込んでしまった。
長い棒――竹刀で打ち合っていたうちの一人が、私に気付いた。


『ん……? ちょっと待て』


相手に合図して中断すると、袴の裾を華麗に捌きながら、こちらに歩いてきた。
無造作に面を取り、私の前で片膝を突き……。


『お前、どうしてこんなところに?』


面の下で髪を纏めていたタオルを剥ぎ取り、汗で湿った前髪が一筋額に落ちた。
その向こうから、訝しそうに私を射貫く。
キラリと光る黒い瞳に、私の胸がドキンと音を立てた。


見たことがないくらい、綺麗な顔立ちの男の人に驚いた。
こめかみに伝う汗まで全部ひっくるめて美しすぎて、童話の中の王子様が具現化したかと思った。


『ここは危ない。外に出ていろ』


彼が私に言い聞かせる後ろで、『おい、まだか』と呼ぶ声がした。
呼びかけた人もまた、面を取っていた。
目の前の彼と同じ、艶やかな漆黒の髪。
二人とも印象的な鋭い切長の目で、よく似ている。
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