クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
シャワーを浴び、二、三時間うとうとしただけで、俺は再びスーツを着て寝室を出た。
リビングの窓の外は、まだまだ漆黒の闇が広がっている。
夜明けは遠い。


物音を立てないよう静かに廊下を歩き、玄関先の電気を点けた。
革靴に足を突っ込むと、背後で床がミシッと小さく軋む音がした。


「……奎吾さん」


遠慮がちに呼びかけられ、俺はピクッと肩を動かした。
黙って靴を履いてから、しっかりと背筋を伸ばす。


肩越しに振り返ると、廊下の先、リビングを出たところに、凛花が立っていた。
肩から羽織ったストールを胸元に手繰り寄せ、ギュッと握りしめている。
玄関の明かりが眩しいのか、ゴシゴシと目元を擦った。


「すまない。起こしたか」


俺は彼女に向き直って謝った。
凛花は、俺の頭のてっぺんから足の爪先まで視線を下ろし、


「お出かけするところ……なんですね」


と落胆する。


「少しだけ、物音が聞こえて。まだ暗いし、帰ってきたんだと思ったんですけど……すみません。帰ってきた時、気付けなくて」

「いや……」


俺は口元に手を遣って、目を逸らした。
先ほど、眠っているところにキスをしたのが後ろめたい。
気付かずにいてくれてよかったという思いが先に立ち、まっすぐ彼女の目を見られない。


「お前も仕事があるだろう。まだ早いから眠ってくれ」
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