クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
警視庁の中でも、捜査二課はエリート集団と呼ばれるが、一介の刑事を警視長の出張に同行させるわけにはいかない。
日本の警察界は、未だに典型的な縦社会なのだ。


そんな経緯で、俺は急遽飛行機に乗る羽目になった。
それでも、香港国際空港に降り立った時は、俺もここまでカリカリしていなかった。


結婚記念日は今週末だが、丸二日ある。
分刻みでスケジュールを詰め込み、精力的にこなしていれば、ちょうど今時分、日本に帰国する飛行機に乗れる計算だった。


だと言うのに、今俺が乗っているのは飛行機ではなく観光バス。
時折頭上で、飛行機が雲を突き抜けていくのを仰ぐだけ。


マズい。
結婚記念日は明日だ。
どんなに早くても、帰国できるのは夕刻だろう。
凛花から休暇を取ってくれと頼まれたのに、叶えてやれない――。


舌打ちしたいのを堪えて、額に下りた前髪を乱暴に掻き上げた時、国枝部長がピクリと眉を動かした。
わずかに前に身を乗り出すのに気付き、俺もハッとして足を解く。


俺たちの前列には、張刑事とその上官が二人並んでいる。
二人は周りの乗客の大声に紛れるように、広東語で話し始めた。
他の乗客の耳を憚っているのか、声量は抑えられている。
俺は息を潜めて、ボソボソと聞き取りにくい会話に耳を澄まし――。


「……アーロン・リー。今までに出ていない名前ですね」
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