クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
翌日、俺は羽田空港に降り立つと、脇目も振らずにターミナルを出て、タクシーに乗った。
車窓を流れる風景には目もくれず、左手首の腕時計で時間ばかり気にした。
時計の針は午後十一時半を指している。
今日は、あと三十分しかない。


香港での仕事が片付いたのは、夕刻に差しかかった頃だった。
国枝部長は明日早朝の便で帰国すると言ったが、俺は一足先に帰途に就いた。


上官を置き去りにしてきてしまった。
縦社会の日本警察界で、凄まじい無礼なのは重々承知している。


でも今はそれどころじゃない。
プライベートのスマホを手に取り、指を滑らせる。
香港国際空港から凛花に送信した『これから帰る』というLINEメッセージに、まだ既読表示がついていない。
俺は窓枠に肘をのせて頬杖をつき、焦燥感でジリジリするのを堪えた。


『一日……いえ、半日。ダメなら、夕食だけでもいいです』


もう夕食という時間でもない。
彼女の願いの最低限ですら、叶えてやれなかった。
マンションに着くと、エントランスを駆け抜け、エレベーターに飛び乗った。
居住フロアに上昇する、たった十数秒間すらもどかしい。
ようやく自室の玄関に入ると、


「凛花!」


靴を脱ぎ散らかしてリビングに駆け込んだ。
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