クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
しかし、リビングは真っ暗だった。
ダイニングキッチンの非常灯だけが、ぼんやりと灯っている。
やや弾む呼吸を整えながら、ダイニングテーブルに歩いていった。


未使用の食器が二人分セッティングされていた。
微かに漂う匂い……カレーか?
キッチンのIHコンロに、ホーロー鍋が置いてある。


凛花が食べた気配はないが、二つのワイングラスの一つにだけ、赤ワインが注がれている。
口をつけた形跡がある。
どうやら、半分飲み残したようだ。
普段ほとんど酒を飲まない凛花が、一人でどんな思いで――。
ただただ、申し訳ない。
自分が不甲斐なくて、悔しさに顔が歪む。


「凛花……」


俺はグラスを手に取り、彼女の部屋の方向を振り返った。
シンと静まり返っているが、ドアの隙間から明かりが漏れている。
凛花が起きているなら謝らねば。
せめて今日が終わらないうちに詫びて、結婚記念日の埋め合わせを約束したい。


俺は自分を叱咤して、足を踏み出した。
ドアの前で両足を揃えて立ち止まり、意識的に大きく深呼吸して――。


「……凛花。起きてるか?」


二度コツコツとノックしながら、遠慮がちに声をかけた。
返事はないが、一瞬、ドアの向こうで空気が動いたのを感じた。
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