クールな警視正は新妻を盲愛しすぎている
「……喧嘩じゃないし。実家にも帰りませんよ?」


私はそろそろと腕を下ろし、眉をハの字に下げて情けなく笑った。


「じゃあ、今晩どこに泊まるつもりなの」

「ホテルとか」

「一泊二日で気が済むならいいけど、その前にお金が尽きるわよ」


鋭い正論に、私もグッと詰まる。
菜々子さんが、『やれやれ』といった顔で腕組みをした。


「実家住まいの頃なら、うちにおいで、って言ってあげられたけど……。ごめんね。私の部屋狭くて、布団も一組しかない」

「! いえいえ、お気遣いありがとうございます。大丈夫ですから」


私が慌てて、首と手を横に振って答えた時、事務所の出入口の方で物音がした。
気付くと、壁時計は午前九時を過ぎたところ。


「あ」


お客様だと思い、私は条件反射で立ち上がった。


「ああ、例の奥様かな」


菜々子さんもそう独り言ち、どんよりとした表情で腰を上げる。


「凛花ちゃん、お茶お願い。私が中西先生の部屋に案内するから」


案件ファイルとタブレットを持ち、ジャケットの胸ポケットにペンを挿して事務室から出ていく。


「はい」


私は彼女に返事をして、気を取り直して給湯室に向かった。
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