朝を探しています
 幸汰は小児科の医師が当直にあたっていた病院に搬送され、すぐに処置を受けることができた。
 風邪と、おそらく熱中症の症状も出ていると診断を受け、今は院内の一室で点滴を受けている。これが終わり、しばらく様子を見て異常がないようならば帰っていいと言われた。
 琴乃はベッドのそばに長椅子を用意してもらって眠っている。

 穏やかになった幸汰の呼吸にようやく波那もひとつため息をついた。
 時計を見ると夜中の2時。

 帰ったら4時は過ぎるだろうか。幸い日曜日だから、琴乃もゆっくり寝かせてあげることができる。
 そうだ、ケーキを作る約束をしていたんだった。父の日の…

 そこで波那の思考はぴたりと止まる。

 
 雅人にはあれからも何度か連絡をしてみたが、一度も通じることがなかった。メールで病院に行くことも伝えたが、その後幸汰の様子を伝えるものは送っていない。
 既読もついていないから、こちらのことは何も知らないままでいるのだろう。
 …知っていて無視を決め込んでいるなどとは、さすがに思いたくない。


「…どこで、何してるの。雅人…」


 …誰と。


 一番気になることだけは独り言の声にもならなかった。
 幸汰のベッドに突っ伏しながら、波那は救急車の中でのことを思い出す。


 幸汰の小さな体にいくつかの器具が取り付けられるのを見ながら、波那も救急隊員からその日の幸汰の様子について問診を受けた。同乗させてもらった琴乃の手を握りながら、取り乱さないよう自分を抑えて1つ1つに答えていった。
 全ての質問が終わった後、もう少しで病院に着くというところで、それまで口を開いていなかった隊員が波那に話しかけてきた。

「…あの、斉木波那さん? 雅人の奥さんですか?」
「…え?…あ、はい…」

 夫の名前がどうしてここで出てくるのかすぐに理解は追いつかず、反射的に肯定すると、
「やっぱり!俺、雅人の高校の時の友人の本条って言います。」
「……え、」
「あ、奥さんとは結婚式でしかちゃんとお会いしたことなかったんで、覚えてないのは当然なんですが。今、こっちで働いてるんです。」
「……」
「今日、雅人は出張かなんかですか? でも今から行く病院の先生、とても丁寧に診てくれるんで、安心して下さい。」

 低く穏やかな口調で、おそらく不安気な波那を解そうとしてくれたのだろう。
 それだけを笑顔で告げると、他の隊員と一緒に幸汰への処置に加わった。

 
 大きくてがっしりした体つき。きりりとした顔。
 確かに記憶の中にある本条悟だった。

 
「ママ?」
 
 
 不安そうな琴乃の声と、病院に着いたとの隊員の声が重なった。
 一瞬頭の中が真っ白になっていた波那だったが、救急車から降りる頃にはすでに母親の顔に戻っていた。

 
 そうして今やっと、思考が雅人のことに還ってきたのだ。
 
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