朝を探しています
「最近、何かいいことでもあったの?」

 一度、就寝前のベッドでスマホを触っている雅人に波那が尋ねたことがある。2ヶ月よりも少し前のことだ。スマホを見る雅人の表情はうっすら微笑んでいるようだった。

「え、ごめん。なんて?」
「…雅人、この頃何か楽しそうだなって思って。何かあった?」
「え、そうだった? 特に何もないけど…。あ、でもウチの新人がかなり思い悩んでたのをさ、相談に乗ってて。それが最近浮上し始めたから、ちょっと鼻高くなってたかもなぁ。頼られるって、なんかやる気出るよな。ほら、今見てたのもその子からの感謝メール。」

 その時は今ほどの違和感を感じていたわけではなく、雅人も何の屈託もなくスマホを波那に見せてきたので「へぇ。斉木主任もちゃんと上司らしく頑張ってるのね。」などと言って終わらせた。

「その子」という言葉から、その新人が女性であることを察して、そこにだけはもやっとしたものを感じたのだが。
 特にそのことは追求せずにいた。

 波那にとって、雅人ほど信用している男性はいなかったから。

 しかしその後も雅人の浮かれた様子は落ち着かず、週末の残業は増えていったのだ。



「ママー、今日のばんごはんはぁ?」
 
 リビングで弟とアニメを見ていた琴乃の問う声に、沈んでいた思考を現実に戻される。

「ハヤシライスとお豆のスープよ。もうすぐできるから、幸汰と一緒にお手てを洗ってきて。」
「はーい。やったー!はやっしらいすー、らいすー、らいすー!」

 即興らしいハヤシライスの歌を口ずさんで弟の手を引く姿に笑みがこぼれる。
 雅人に似て整った顔立ちの琴乃は、明るく素直に育ってくれた。もちろん時々は喧嘩もするものの、2歳しか違わない弟を猫可愛がりして、面倒もよく見ている。そのせいで幸汰は姉べったりの甘えたになってしまっているが。

 この子たちを、しっかり育てよう。
 ずっとそう思って、その一心で頑張ってきた。雅人と一緒に。大変なことも全部、幸せにかわっていった。
 今、その気持ちに黒い靄がかかっているのを感じている。

 この子たちには、私たちのような思いを味わわせたくはない。それだけは強く思う。
 今まで、そんなことを心配などしていなかったことに気づいて、波那は小さく苦笑いをした。


 どうしたらいいのだろう。
 
 雅人のメールに返信できないまま、波那はテーブルの準備を再開した。
 


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