朝を探しています
その夜、雅人が帰る時間が迫っても波那は自分の気持ちを持て余したままだった。
問いただして、雅人の口から真実を聞きたい。思い切り詰りたい。喚き散らしたい。
そうする権利はあると思う。
でももし、それで雅人が開き直ったら?
自分を、子どもたちを捨てて浮気相手のところに行くと言ったら?
あの音声を聞く前なら、雅人はそんなことをしないと波那は信じられたかもしれない。しかし今は波那の知っている雅人が全てではないと知っている。
あの人のことを、一番好きだって言っていた。
もし今雅人に出て行かれたら、雅人のことが大好きな子どもたちはどれだけ傷つくのだろう。生活は?
離婚することになったら、今の私の収入だけではとてもやっていけない。正社員として雇ってもらえるところを探すとしても、子どもたちはまだ小さい。
母にも話をしなくてはならない。きっととても悲しませることになる。
それに。
まだ、私が雅人とどうなりたいか心が定まらない。あんなものを聞かされたのに、悔しくて腹が立って仕方ないのに……別れたいかと言われたら、それは嫌だと叫ぶ自分もいる。
……どんな顔で雅人と顔を合わせればいいんだろう。
本当は今すぐ家を飛び出して、一人で考えたい。
けれど子どもたちを放っておくことなどできずに、波那はいつものように夕食を作っていた。
玄関の鍵が開けられる音がして、琴美と幸汰が駆けていった。
「パパ、おかえり!」
「おかえりなさーい。」
「ただいま。幸汰、もうすっかり元気だな。」
「うん、げんき!でもね、ママがげんきじゃないー。」
「ママね、ずっとへんなかおしてるの。」
「え。」
3人の声がキッチンに近付いてきて、波那の心臓がうるさいほどに鳴り出す。
嫌だ…まだ、雅人の顔が見られない…
「波那? 具合悪いのか?」
雅人が波那に近づいて、そっと手を伸ばしてきた。
「っ!」
「…波那?」
咄嗟に体を引いてその手を避けた波那に、雅人が怪訝そうに問いかけた。
波那は顔を上げられず、目を逸らしたままで口早に返した。
「ちょっと…調子悪くて。夕飯は作ったから、食べておいてくれる? 私はもう寝てもいいかな。」
「それはいいけど…熱は? 今からでも病院行く?」
「そこまでじゃないから大丈夫。…ごめん、仕事で疲れてるのに。子どもたちのお風呂も…」
「ちゃんと入れておく。波那はご飯は? 朝も全然食べてないだろ。…ごめんな、土曜日の夜のこと。疲れが出たんだろ。」
土曜日の夜。
その言葉が雅人の口から出て、波那の血がざっと下がった。
「波那っ!」
ふらついて、調理台に手をついたところを雅人に支えられる。
「ママ⁈ だいじょうぶ⁈」
「ママぁ‼︎」
雅人の手が触れているところから全身に震えが走った。そんな様子を見て雅人は波那を横抱きに抱えると寝室まで運んだ。
子どもたちも泣きそうな顔で後ろをついてくる。
「ごめっ…自分で歩けるから、」
「いいから。夕飯だって、無理して作ることなかったんだ。電話してくれたら、何か買ってきたのに。もっと俺をあてにしてくれよ。」
「……うん。」
すぐにベッドに着くと、雅人は波那をそっと下ろした。
「ゆっくり寝て。明日の朝も起きなくていいから。たまには俺の朝飯も新鮮だろ。…今日は子どもらと客間で寝るけど、もし夜中に具合悪くなったら、遠慮せずに呼べよ? スマホ、枕元に置いとくから。」
「…うん。…ごめん。」
「こういう時は『ありがとう』。…明日もし良くなってなかったら、病院行こうな。半休もらうよ。」
「大丈夫。ほんとにそこまでじゃないよ。…おやすみなさい。」
「おやすみ。…ほら、ママを寝かせてあげよう。しーっ、だぞ。しー。今夜はパパと布団で寝るからなー!」
雅人が部屋から子どもたちと出て行くのを見ながら、波那はまた目元が熱くなるのを感じた。
優しい夫。優しい父。
大好きな…雅人。
平気で嘘をついて、自分以外の最愛を持つ男。
他の女を抱いた腕で、優しく妻を抱き上げる男。
一人のベットで何時間か過ごした後、波那はゆっくりとスマホを手に取り、迷いながらも一つのメール文を送信した。
問いただして、雅人の口から真実を聞きたい。思い切り詰りたい。喚き散らしたい。
そうする権利はあると思う。
でももし、それで雅人が開き直ったら?
自分を、子どもたちを捨てて浮気相手のところに行くと言ったら?
あの音声を聞く前なら、雅人はそんなことをしないと波那は信じられたかもしれない。しかし今は波那の知っている雅人が全てではないと知っている。
あの人のことを、一番好きだって言っていた。
もし今雅人に出て行かれたら、雅人のことが大好きな子どもたちはどれだけ傷つくのだろう。生活は?
離婚することになったら、今の私の収入だけではとてもやっていけない。正社員として雇ってもらえるところを探すとしても、子どもたちはまだ小さい。
母にも話をしなくてはならない。きっととても悲しませることになる。
それに。
まだ、私が雅人とどうなりたいか心が定まらない。あんなものを聞かされたのに、悔しくて腹が立って仕方ないのに……別れたいかと言われたら、それは嫌だと叫ぶ自分もいる。
……どんな顔で雅人と顔を合わせればいいんだろう。
本当は今すぐ家を飛び出して、一人で考えたい。
けれど子どもたちを放っておくことなどできずに、波那はいつものように夕食を作っていた。
玄関の鍵が開けられる音がして、琴美と幸汰が駆けていった。
「パパ、おかえり!」
「おかえりなさーい。」
「ただいま。幸汰、もうすっかり元気だな。」
「うん、げんき!でもね、ママがげんきじゃないー。」
「ママね、ずっとへんなかおしてるの。」
「え。」
3人の声がキッチンに近付いてきて、波那の心臓がうるさいほどに鳴り出す。
嫌だ…まだ、雅人の顔が見られない…
「波那? 具合悪いのか?」
雅人が波那に近づいて、そっと手を伸ばしてきた。
「っ!」
「…波那?」
咄嗟に体を引いてその手を避けた波那に、雅人が怪訝そうに問いかけた。
波那は顔を上げられず、目を逸らしたままで口早に返した。
「ちょっと…調子悪くて。夕飯は作ったから、食べておいてくれる? 私はもう寝てもいいかな。」
「それはいいけど…熱は? 今からでも病院行く?」
「そこまでじゃないから大丈夫。…ごめん、仕事で疲れてるのに。子どもたちのお風呂も…」
「ちゃんと入れておく。波那はご飯は? 朝も全然食べてないだろ。…ごめんな、土曜日の夜のこと。疲れが出たんだろ。」
土曜日の夜。
その言葉が雅人の口から出て、波那の血がざっと下がった。
「波那っ!」
ふらついて、調理台に手をついたところを雅人に支えられる。
「ママ⁈ だいじょうぶ⁈」
「ママぁ‼︎」
雅人の手が触れているところから全身に震えが走った。そんな様子を見て雅人は波那を横抱きに抱えると寝室まで運んだ。
子どもたちも泣きそうな顔で後ろをついてくる。
「ごめっ…自分で歩けるから、」
「いいから。夕飯だって、無理して作ることなかったんだ。電話してくれたら、何か買ってきたのに。もっと俺をあてにしてくれよ。」
「……うん。」
すぐにベッドに着くと、雅人は波那をそっと下ろした。
「ゆっくり寝て。明日の朝も起きなくていいから。たまには俺の朝飯も新鮮だろ。…今日は子どもらと客間で寝るけど、もし夜中に具合悪くなったら、遠慮せずに呼べよ? スマホ、枕元に置いとくから。」
「…うん。…ごめん。」
「こういう時は『ありがとう』。…明日もし良くなってなかったら、病院行こうな。半休もらうよ。」
「大丈夫。ほんとにそこまでじゃないよ。…おやすみなさい。」
「おやすみ。…ほら、ママを寝かせてあげよう。しーっ、だぞ。しー。今夜はパパと布団で寝るからなー!」
雅人が部屋から子どもたちと出て行くのを見ながら、波那はまた目元が熱くなるのを感じた。
優しい夫。優しい父。
大好きな…雅人。
平気で嘘をついて、自分以外の最愛を持つ男。
他の女を抱いた腕で、優しく妻を抱き上げる男。
一人のベットで何時間か過ごした後、波那はゆっくりとスマホを手に取り、迷いながらも一つのメール文を送信した。