朝を探しています
8.相対

〜波那〜

「え、それでまだ旦那さんに何も聞いてないの?」
「…うん。まだ、切り出した後自分でどうしたいのかわからなくて。」
「うーん、私だったら離婚一択…っていうのも無責任か…」

 昼食時間、同じ職場で働く管理栄養士の高田優希に波那は話を聞いてもらっていた。
 夕べメールで昼休み2人になれるところで相談したいことがあると頼んだのだ。
 優希は波那より1つ年上で、小学2年生の息子を持つシングルマザーだ。といっても離婚してもう7年以上経っていて、今は同い年で公務員の彼氏もいる。息子も懐いているようで、再婚秒読みの状態だ。

 波那と優希は歳が近い以上にうまが合い、普段からお互いに相談事をしたり、子どもを預け合ったりする仲だった。

「離婚…かな、やっぱり…」
「やっぱり、ってことはないけどね。別れない夫婦も多いよ。ただ付き合ってるんじゃなくて、夫婦って色々あるからね。特に子どもがいたらさ。」

 弁当をつつきながらそう言う優希は、しかし夫の浮気ですぐに離婚を突きつけた猛者だ。

 波那がじっと見つめると、優希は口にあるものを咀嚼してから再び話し出した。
「私の場合は、子どもがまだ小さすぎて父親がいなくなるショックもなさそうだったし。
私の両親も一緒に面倒見るって言ってくれたからね。職場復帰も案外すぐで…離婚しやすい環境だったのよ。」

「…なるほど。…羨ましいって言いにくいけど。」
「まあね。…うーん、でも決め手になったのは結局旦那の態度だったかな。あー、この人とはもう絶対やっていけないって思った。」
「…ごめんね、嫌なこと思い出させて。」
「ううん。どうせ時々思い出すのよ。きっと一生消えてかないの。私よりも自分の子どもよりも相手の女が大事だって言ったアイツの顔。…思い出すたび殴りたくなるわ。あの時は慰謝料よりも養育費よりも、気が済むまで殴らせろって本気で思った。」
「優希さんのそういうとこ、私本当に好きだわ。」
「結局三発しか殴れてないのよ。」

 あははと2人で声をあげると、波那は幾分気持ちが楽になった。

「…私は、多分雅人から『もういらない』って言われるのが怖いんだと思うの。…その後の生活が心配っていうのももちろんあるけど、なんていうか… まだ、雅人のこと、好きなんだよね。…すごく、腹立つんだけど。」
「そっか…そうよね。旦那さん、すごく波那のこと大事にしてるもんね。…嫌になるね。なんでこんなに世の中浮気が蔓延してるんだろ。旦那さんみたいな人でも若い女にころっといっちゃうなんて…あ、ごめん!今のはダメだった!」
「大丈夫。ほんとにそうだから。…あのね、雅人のことまだ好きだなって思うのに、触られるのはすごく嫌なんだ。」

 今朝は雅人の言葉に甘えて、波那は仕事に間に合う時間ギリギリまで寝かせてもらった。幸汰も雅人が保育所まで連れて行った。
 雅人は始終波那の様子を気にしていたけれど、波那はどうしても雅人のそばには行けなかった。

「…しょうがないよ。そんなの聞かされたんじゃさ。に、してもだ。その相手の女、相当やばいね。浮気がばれて困るのはそっちなのに、宣戦布告のつもり? どうすんの、もしその女に会うつもりなら私も一緒について行くけど。」
「…ううん。会うことも考えたけど、その前に雅人から話聞かなきゃとは思ってる。…これは、私と彼女の問題じゃなくて、私と雅人の問題だから。」

 けれどその覚悟がつかずに、こうして優希に話を聞いてもらって心を整理したかったのだ。

「…でも、優希さんにそう言ってもらえて、嬉しいし心強い。…逃げててもしょうがないよね。…今日、頑張って雅人に話するわ。」
「私、波那のそういうとこ本当に好きよ。」

 優希が自分の弁当箱から手製の肉巻きを摘んで波那に差し出した。

「食欲ないのはわかるけどね。野菜ジュースだけなんて体に悪いよ。ほら、(いくさ)の前なんだし。」
「…ふふ。ありがとう。」

 受け取りながら、波那は雅人を思った。

 戦。戦になるんだろうか。

 どうなったら勝ちなのかわからないままだったが、とにかく飾らず自分の正直な気持ちをぶつけたい、その前から雅人には逃げてほしくないと強く願う。

 短い昼休みはもうすぐ終わろうとしていた。


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