朝を探しています
〜雅人〜
雅人はドクドクと耳鳴りにも似た心臓の音を聞きながら自宅マンションまでのあと少しの道を歩いていた。
あの後悟に電話をし、その後しばらく駅のホームで放心状態でいた。
終業時刻に会社を出たが、結局家に着くのはいつもと同じ時間になりそうだ。
本音を言えば家に着くのが怖い。
どんな顔をして波那に会い、何を話せばいいのか心が全く定まらない。
何度も、悟との会話の内容が頭の中で回っている。
『おう、電話なんて珍しいな。どうした?』
「さ、悟、お前、先週波那に会ったのか⁈ いつ⁈」
『藪から棒だな、おい。奥さんから聞いてないのか? お前んとこの下の子が熱中症の症状で病院に運ばれて…』
「それは知ってる! なんで、それをお前が知ってるかってことだ! 」
『なんでって…お前、俺の仕事知ってるだろ。救急車の中でお前の子に応急処置したの、俺だぜ。』
「…は?」
『一応奥さんにも挨拶したんだけどな。まぁそれどころじゃなかったのかも知れないけど。あ、でも子どもの方は大丈夫だったろ? あの後病院に一応問い合わせてみた…』
「波那と、話したのか? …波那、お前のことわかってた?」
『うん、改めて自己紹介みたいなのもしといたから。…なに、なんかあった?』
「いや…」
『雅人?』
「…いや、なんでもない。悟が幸汰のこと知ってたのにびっくりして… 悪かったな。」
『お前も週末出張とか忙しそうだな。でも上の子もさ、一緒に救急車に乗ってったんだけど、一生懸命弟の名前を呼んでんの。いい家族だなって思ったよ。』
「…うん。」
『俺もやっぱり結婚したくなった、はは。嫁さん良くなったら、今度また会おうな。』
あの夜の後だ。波那の様子がおかしくなった。あれは、疲れからなんかではなくて…。
雅人は自宅マンションの前で、立ちすくんだ。
波那は、俺が悟と飲みに行ってなんかいないことを知っていた。
「雅人、いい匂いするね。」
確か、そんなことを聞かれた。
俺はなんと答えた? なんて波那に嘘をついた? あの時波那はどんな顔をしていた?
わからないわからないわからない。
波那がなぜそのことを自分に問い詰めないのかもわからない。
何かを知っているのだろうか? …いや、それはない。
何かを疑っている? …それは疑うだろう。嘘をついたことは事実なのだから。
でもまだ真美のことは知らないはずだ。
それにもう別れた。これから調べようとしても何も出てこない。
真美からのメールも着信も全て削除した。泊まりの嘘のことだけ、何かそれらしい言い訳を用意すれば…
大きくため息をついて、雅人はようやくエントランスホールに足を踏み入れた。
自分の考えていることが醜悪なことだという自覚はある。それでも、家庭を守る為だと思えば気分が少し上向いた。
やはり、真美とは別れて正解だった。
悟からの連絡で嘘がバレたと知ったことを波那に告白しよう。
土曜日の夜は上司にどうしてもと誘われて風俗店にでも行ったことにして…ひたすら謝ろう。
土下座でも何でもする。絶対にごまかし通してみせる。
しかし雅人の稚拙な覚悟は、物音のしない真っ暗な部屋に迎えられることになった。
あの後悟に電話をし、その後しばらく駅のホームで放心状態でいた。
終業時刻に会社を出たが、結局家に着くのはいつもと同じ時間になりそうだ。
本音を言えば家に着くのが怖い。
どんな顔をして波那に会い、何を話せばいいのか心が全く定まらない。
何度も、悟との会話の内容が頭の中で回っている。
『おう、電話なんて珍しいな。どうした?』
「さ、悟、お前、先週波那に会ったのか⁈ いつ⁈」
『藪から棒だな、おい。奥さんから聞いてないのか? お前んとこの下の子が熱中症の症状で病院に運ばれて…』
「それは知ってる! なんで、それをお前が知ってるかってことだ! 」
『なんでって…お前、俺の仕事知ってるだろ。救急車の中でお前の子に応急処置したの、俺だぜ。』
「…は?」
『一応奥さんにも挨拶したんだけどな。まぁそれどころじゃなかったのかも知れないけど。あ、でも子どもの方は大丈夫だったろ? あの後病院に一応問い合わせてみた…』
「波那と、話したのか? …波那、お前のことわかってた?」
『うん、改めて自己紹介みたいなのもしといたから。…なに、なんかあった?』
「いや…」
『雅人?』
「…いや、なんでもない。悟が幸汰のこと知ってたのにびっくりして… 悪かったな。」
『お前も週末出張とか忙しそうだな。でも上の子もさ、一緒に救急車に乗ってったんだけど、一生懸命弟の名前を呼んでんの。いい家族だなって思ったよ。』
「…うん。」
『俺もやっぱり結婚したくなった、はは。嫁さん良くなったら、今度また会おうな。』
あの夜の後だ。波那の様子がおかしくなった。あれは、疲れからなんかではなくて…。
雅人は自宅マンションの前で、立ちすくんだ。
波那は、俺が悟と飲みに行ってなんかいないことを知っていた。
「雅人、いい匂いするね。」
確か、そんなことを聞かれた。
俺はなんと答えた? なんて波那に嘘をついた? あの時波那はどんな顔をしていた?
わからないわからないわからない。
波那がなぜそのことを自分に問い詰めないのかもわからない。
何かを知っているのだろうか? …いや、それはない。
何かを疑っている? …それは疑うだろう。嘘をついたことは事実なのだから。
でもまだ真美のことは知らないはずだ。
それにもう別れた。これから調べようとしても何も出てこない。
真美からのメールも着信も全て削除した。泊まりの嘘のことだけ、何かそれらしい言い訳を用意すれば…
大きくため息をついて、雅人はようやくエントランスホールに足を踏み入れた。
自分の考えていることが醜悪なことだという自覚はある。それでも、家庭を守る為だと思えば気分が少し上向いた。
やはり、真美とは別れて正解だった。
悟からの連絡で嘘がバレたと知ったことを波那に告白しよう。
土曜日の夜は上司にどうしてもと誘われて風俗店にでも行ったことにして…ひたすら謝ろう。
土下座でも何でもする。絶対にごまかし通してみせる。
しかし雅人の稚拙な覚悟は、物音のしない真っ暗な部屋に迎えられることになった。