朝を探しています
〜雅人〜
波那は途中で席を立って、トイレに向かい、そのままテーブルにはつかずに寝室に入った。
トイレからえずく声が聞こえても、雅人は動くことができずにいた。
リビングには、男女の喘ぎ声が響いている。…いや、響いていると感じるのはあくまでも雅人の主観で、実際には普段のテレビの音量よりかなり小さな音でしかなかったが。
波那がパソコンを持ってリビングに現れた時、雅人は直感的に真美との関係がバレたのだと悟った。2人でいるところの写真か何かを見せられるのだろうと、それだけでも頭の中が真っ白になった。
しかし、示されたものはもっと深刻で醜悪なものだった。
「…私は1度全部聞いた。…あなたも全部聞いて。」
寝室に入る時、波那はそれだけ言ってドアを閉めた。
目を…耳を覆いたくなるような男女の絡み合う声と音。
雅人と真美のセックス。
間違いなくあの夜のものだ。
『まさっ…雅人さんっ、好き、好きぃ…』
『真美…んっ…あぁ、いい…』
なぜこんなものがここに、と考えなかったわけではない。
しかし雅人にとってそれは不思議とどうでもいいことで、それよりも全身にのしかかって体を動けなくさせているのは、これを波那に聞かれたという事実だった。
ドクドクドクと心臓の音が耳元でする。
波那が聞いた。これを、波那が…
違う、違うのに、俺が大事なのは波那で、琴乃で幸汰なのに…
『あぁんっ、もっときて、もっと奥までぐちゃぐちゃにしてっ』
『…はっ、はぁっ、もっと? …こうか? …くっ、ほらっ、ほらっ!』
『あぁっ、あたってるっ! ああーっ』
気持ち悪い。
これを聞いて波那は吐いたのか。
最近俺が手を伸ばすと躱されていた。
子どもたちと遊んでいる時も、そういえば目を逸らされていた。
雅人は俯いて両手を広げた。
目に写る手のひらにぽつぽつと涙の粒が落ちる。
許されない。波那は絶対に自分を許さない。
これを聞かれておいて、どれだけ家族が大事だと言っても信じてもらえるわけがない。
許されない。…許されなければ、失ってしまう。
「いや…だ…嫌、だ…」
ぽつぽつ、手のひらに涙がたまる。
パソコンはまだ雅人の罪を暴き続ける。
真美の体に溺れる裏切り者が快感に支配された声を出す。
込み上げる嘔吐感を飲み下して、雅人はひたすら終わりを待った。
波那が全部聞けと言った。
全部聞いたら、波那のところに行ける。
行って、謝って謝って…許されなくても、謝って。
信じてもらえなくても、愛しているのは、大切なのは波那と子どもたちだと言おう。
失いたくない。失えない。
失ったら何のために生きたらいいのかわからなくなる。
これほど大事なものと真美という女を天秤にかけた自分が信じられない。
いや、自分では天秤にかけたつもりなどなかった。
いつだって一番大切な宝物はここにあるとわかっていた。
なのに、わかっていなかった。
真美に惹かれたとき、その宝物が天秤に乗ったことを。
真美の手を取ったとき、その宝物が天秤から弾き飛ばされたことを。
絶望的なまでにわかっていなかった。
リビングのチェストの上には波那との結婚式の写真、琴乃が生まれた日の写真、幸汰の生まれた日、初めて4人で旅行に行った日…たくさんの幸せな写真が飾られてあった。
日々の忙しさにかまけてじっくり見ることもなくなっていたその写真たちを、雅人は食い入るように見つめた。
この写真たちにも、聞かせてしまった。
「…ごめ…ごめん…ごめん…許してくれ…」
チェストの前でうずくまり、雅人は許しを乞い続けた。
パソコンが音を紡がなくなるまでずっとそうしていた。
トイレからえずく声が聞こえても、雅人は動くことができずにいた。
リビングには、男女の喘ぎ声が響いている。…いや、響いていると感じるのはあくまでも雅人の主観で、実際には普段のテレビの音量よりかなり小さな音でしかなかったが。
波那がパソコンを持ってリビングに現れた時、雅人は直感的に真美との関係がバレたのだと悟った。2人でいるところの写真か何かを見せられるのだろうと、それだけでも頭の中が真っ白になった。
しかし、示されたものはもっと深刻で醜悪なものだった。
「…私は1度全部聞いた。…あなたも全部聞いて。」
寝室に入る時、波那はそれだけ言ってドアを閉めた。
目を…耳を覆いたくなるような男女の絡み合う声と音。
雅人と真美のセックス。
間違いなくあの夜のものだ。
『まさっ…雅人さんっ、好き、好きぃ…』
『真美…んっ…あぁ、いい…』
なぜこんなものがここに、と考えなかったわけではない。
しかし雅人にとってそれは不思議とどうでもいいことで、それよりも全身にのしかかって体を動けなくさせているのは、これを波那に聞かれたという事実だった。
ドクドクドクと心臓の音が耳元でする。
波那が聞いた。これを、波那が…
違う、違うのに、俺が大事なのは波那で、琴乃で幸汰なのに…
『あぁんっ、もっときて、もっと奥までぐちゃぐちゃにしてっ』
『…はっ、はぁっ、もっと? …こうか? …くっ、ほらっ、ほらっ!』
『あぁっ、あたってるっ! ああーっ』
気持ち悪い。
これを聞いて波那は吐いたのか。
最近俺が手を伸ばすと躱されていた。
子どもたちと遊んでいる時も、そういえば目を逸らされていた。
雅人は俯いて両手を広げた。
目に写る手のひらにぽつぽつと涙の粒が落ちる。
許されない。波那は絶対に自分を許さない。
これを聞かれておいて、どれだけ家族が大事だと言っても信じてもらえるわけがない。
許されない。…許されなければ、失ってしまう。
「いや…だ…嫌、だ…」
ぽつぽつ、手のひらに涙がたまる。
パソコンはまだ雅人の罪を暴き続ける。
真美の体に溺れる裏切り者が快感に支配された声を出す。
込み上げる嘔吐感を飲み下して、雅人はひたすら終わりを待った。
波那が全部聞けと言った。
全部聞いたら、波那のところに行ける。
行って、謝って謝って…許されなくても、謝って。
信じてもらえなくても、愛しているのは、大切なのは波那と子どもたちだと言おう。
失いたくない。失えない。
失ったら何のために生きたらいいのかわからなくなる。
これほど大事なものと真美という女を天秤にかけた自分が信じられない。
いや、自分では天秤にかけたつもりなどなかった。
いつだって一番大切な宝物はここにあるとわかっていた。
なのに、わかっていなかった。
真美に惹かれたとき、その宝物が天秤に乗ったことを。
真美の手を取ったとき、その宝物が天秤から弾き飛ばされたことを。
絶望的なまでにわかっていなかった。
リビングのチェストの上には波那との結婚式の写真、琴乃が生まれた日の写真、幸汰の生まれた日、初めて4人で旅行に行った日…たくさんの幸せな写真が飾られてあった。
日々の忙しさにかまけてじっくり見ることもなくなっていたその写真たちを、雅人は食い入るように見つめた。
この写真たちにも、聞かせてしまった。
「…ごめ…ごめん…ごめん…許してくれ…」
チェストの前でうずくまり、雅人は許しを乞い続けた。
パソコンが音を紡がなくなるまでずっとそうしていた。