朝を探しています
「…最近、別れた夫が週末になると私の家まで来るんです。」

 ようやく話し始めた真美の話は、離婚したという夫とのことだった。
 離婚理由は、夫の不倫。学生時代から付き合っていて、大学を出てすぐに結婚。2年の結婚生活のうち、半分にあたる1年間も夫の浮気は続いていたらしい。

「…夫のこと、本当に好きだったので、浮気がわかった時はすごく苦しくて。…やっと気持ちが落ち着いてきたのに、いきなり現れて『やり直したい』なんて…。」
「…それは…つらいね。」

 雅人にとって、真美の話は他人ごとではなかった。母親の不倫によって雅人の両親は離婚している。雅人がまだ小学生の頃だ。
 当時のどうしようもない喪失感や父の背中が思い出されて、気がつけば真美の話を親身になって聞いていた。


 その夜から真美は雅人によく相談を持ちかけるようになった。
 会社でも注意して見ていると、暗い顔でため息をつくことが多かった真美の表情も、次第に解れていっているようだった。

 頼られている。
 配偶者に裏切られて傷ついた心が、自分によって癒されている。

 そんな自負が雅人を少しずつ浮かれさせていった。
 その頃から、雅人の目に写る真美の姿も変化していったのだ。


 そして何度目かの金曜日の夜。


「私、主任がいないと寂しさに耐えきれませんでした。あのままだったら、元夫に丸め込まれていたかもしれません。…こんなこと、ダメだってわかっているけど、主任のこと、好きで好きでどうにかなってしまいそうです。…主任には奥さんがいるのに。奥さんに、私みたいな思いをさせたいわけじゃないのに。でもっ、でももう苦しくて仕方なくて。大好きです。」
「ちょっ、ちょっと待って。片山さんの気持ちは嬉しいけど、俺は奥さんが大事だから。それにたまたま俺が相談にのってたってだけで…」
「他の誰にも、こんな話相談できませんでした!主任だから…。お願いします、絶対に主任の家庭を壊したりはしません。ただ、私を助けると思って、今夜だけでも構わないんです。たった一度だけでも主任に抱いてもらえたら、ちゃんと元夫のこと、過去にできると思うんです。お願いします。お願いします…」

 食事をしての帰り道、なんとなくそのまま帰りがたくて寄った公園でのことだった。

 全く予想外のこと…ではないことくらい、雅人にも自覚があった。
 真美の両手に握られた雅人の右手が、真美の左頬に当てられた。涙で少し湿った頰の温度を指先が感じた瞬間、脳裏に波那の顔が浮かんできつく目を瞑った。

 今夜だけ。一度だけ。
 泊まりにはならないように。

 大丈夫。これは人助けで、俺は家庭を壊す気なんてこれっぽっちもない。
 隠し通しさえすれば、なかったことと同じことだ。

 だから…


 波那、ごめん。



 その夜、その公園の近くのホテルで、雅人は真美を初めて抱いた。



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