うましか
四階、一年五組。三年間で唯一クラスメイトだった教室までやってきて、どこの席だったとか授業中こんなだったとか。取りとめのない、でも凄く心地の良い雑談をした。
「十年も前のことなんてもう思い出せないと思っていたけど、少しのきっかけで思い出すもんだよね」
あの日のことを懐かしみながら呟くと、今が話を切り出すタイミングだと思った。彼女ともだいぶ打ち解けた。今ならきっと笑い合える。数少ない、彼女と僕の共通の話題だ。
「笹井さん」
彼女の名を呼びながら振り返る。彼女は僕を見てにっこり笑ったけど、僕が教室の一番後ろの席まで移動し「一年の冬に、俺がこの席だったのおぼえてる?」と聞くと、急に目線をさ迷わせた。
少しの間の後「おぼえてるよ」と答えたから、僕は安心して続きを話す。
「ある朝登校したら、俺の机にでっかく馬って書いてあってさ」
「うん」
「誰がやったか不明の未解決事件だったけど」
「うん」
「犯人は笹井さんでしょ?」
「へ?」
彼女は瞬きもせず、驚いた顔で僕を見ている。犯人、なんて大それた単語を使ってしまったせいで、予想以上に彼女を動揺させてしまったようだ。その様子さえ可愛く思えてしまう僕は、意地が悪いのだろうか。
動揺しながらも彼女は、こくりと頷く。それこそ、自供した犯人のように。
「いや、あの、その節は、大変申し訳ございませんでした……」
心からの謝罪だったけれど、僕は顔がにやけてしまって、それを隠しながら隣の席をぽんぽんたたいた。彼女は素直にその席に移動してくる。
「いいよ、消すの大変だったけど」
「本当に申し訳ございません、つい出来心で……」
まるで自供した犯人そのものだ。
落ち込む彼女を見つめ、撫でまわしてやりたい気持ちを必死で隠しながら、僕はあの日々のことを話し始めた。