うましか

 一学年八クラスある中の真ん中、一年五組。

 高校最初の一年を過ごした教室での思い出を振り返ると、何より先に「馬」の字が浮かぶ。
 一年生も終わりに近付いた二月のはじめ、登校すると僕の机に大きく「馬」と書いてあった。

 達筆で、しかもとても濃くて大きいそれを見て唖然とし、友人たちにからかわれながら、長い時間をかけてそれを消した。酷使した消しゴムは、小さく、真っ黒になった。
 てっきり友人たちの誰かがふざけてやったのだと思ったけれど、みんなきっぱりと否定した。

「こんな時間がかかる悪戯しねぇよ」
「俺の字はこんなに上手くない」
「祥太、誰かに恨まれてるんじゃねぇの?」

 恨まれるようなことはしていない、と思いたい。無意識に誰かを傷付けてしまっていたのなら謝りたいが、相手が分からない。そしてなぜ「馬」なのだ。わざわざこの字を選び、時間をかけて書くからには、それ相応の理由があるはずだけれど……。

 一人で考えても何も思い浮かばず、部活――将棋部の部員たちに、馬という字で連想する言葉を訊ねてみた。

 唐突な質問だったけれど、みんな不思議がることもなく、詰め将棋やクイズや心理テストでもしているかのように答えてくれた。「馬面」「馬主」「馬蹄」「馬刺し」「馬跳び」「馬術」「馬車」「馬の耳に念仏」「馬耳東風」「馬鹿」――……。

 その中で一番ピンときたのが「馬鹿」だった。近頃僕自身が、そう思っているからだ。


< 23 / 56 >

この作品をシェア

pagetop