うましか
自宅から自転車で一時間ほどかかる高校を選んだのは、県内でも強豪である硬式テニス部に入るためだ。
でも毎日朝練昼練と、放課後の部活をがっつりこなし、起伏の激しい道を合計二時間近く自転車で行くのは大変だった。そればかりか、高台のてっぺんにある高校へ辿り着くためには長い長い坂を行かねばならず……。
毎日疲れ果て、勉強や趣味の読書をしている暇などなくなった。それでもこの生活に慣れ、もっと体力がつけば、楽にこなせるようになると信じ、日々を過ごしていた、が。
中間考査の結果が、目も当てられないほど悲惨なものとなり、茫然とした。放課後の補習に強制参加させられ、再試験を受けたが、その結果も思わしくなく、夏休み中も補習を受けることになり、部のやつらには挨拶より先にからかわれ、心が折れた。
強豪校でテニス漬けの生活を送れたらどんなに楽しいだろうと思っていたのに、楽しむためには強さが要り、強くなるためには時間が要り、でも学生の本分である勉強もしなくてはならず、勉強ができなければ部活動に参加することもできない。両立するため趣味の時間も睡眠時間も削り、ただでさえ時間がないのに、毎日二時間自転車を漕ぐ。
笑ってしまうほどの悪循環に、僕は、部活を辞めることにした。
すぐに成績は上がり、ゆっくり読書をする時間もでき、何よりテニスを嫌いにならずに済んだ。
そうして自由時間が増えた僕は、恋をして、初めての彼女ができた。
相手は同じクラスの岡崎さんで、補習で一緒になり、仲良くなった。
とにかく可愛くて、友人たちとの会話の中でも度々話題に上る子だったし、明るい笑顔と声は、毎日憂鬱だった僕を大いに癒した。
季節が冬に変わる頃にダメ元で告白したら、オーケーをもらえたのだ。
それからの日々は、まるで熱に浮かされているようだった。
平日も休日も一緒に過ごし、買い物をして、買い食いをして、お喋りをして、家まで送って。家は逆方向だったけれど、少しでも長く一緒にいるためだ。遠回りくらい気にならない。帰ってから寝るまでも、メールや電話でやり取りを続けた。
僕は日ごと岡崎さんを好きになって、朝から晩まで、可愛い自慢の彼女のことばかりを考えていた。
異変に気付いたのは、一月中旬のことだった。
冬休み明けに行われた実力テストの結果が最悪で、身体はくたくた。この感覚には覚えがあった。夏に部活を辞めたときとそっくりだ。
そうして最近の行動を振り返る。この二ヶ月、時間があれば可愛い彼女と過ごし、勉強なんてほとんどしていない。冬先に買った小説は、楽しみにしていたはずなのに、冒頭を読んだきり開いてもいない。
加えて財布はからっぽで、昼食を買うことすらできなかった。そりゃあそうだ。毎日のように岡崎さんと出かけ、買い食いをするたび奢っていたら、こうなる。
勉強も読書も手につかなくなって部活を辞めたはずだ。けれどそれからたった数ヶ月で、また同じ状況に陥っている。
ここしばらくずっと身体を支配していた熱が、一気に引いていくような気がした。高校生になってから身長は十センチ近く伸びた。けれど中身は何も成長していない。不器用で要領が悪い馬鹿だ。
ぼくの机に「馬」と書かれたのは、そんな矢先のことだった。