うましか

 なんてことない雑談が、楽しくて仕方ない。昔の僕たちじゃあ、こうはならなかっただろう。きっとこれが、大人になったという証。

 あの頃の話もした。少しだけ仲良くもなれた。もうすぐ試合も終わるだろう。今はもう大人として、それぞれの道を歩んでいる。この些細な時間の共有は、今日だけのもの。そう思うと、急に寂しくなった。

「今日小林くんに会えて、本当に良かった」

 彼女のやけにすっきりした声が、寂しさに拍車をかける。やっとあの頃の話が出来て、僕もすっきりしたけれど、それだけじゃない。再会してから、僕は彼女が可愛くて、撫でたくて、何度でも額の汗を拭ってやりたくて仕方がないというのに。
 勝手にすっきりして、勝手に再会を終わらせようとしないでほしい。


「俺もだよ。俺も、笹井さんが好きだった」
「……小林くん、話噛み合ってないよ」
「うん、でも好きだったよ」

 黒板の方を向いたままそう言って、静かに右手を差し出すと、彼女は「話聞いてる?」と呆れたような声を出し、それでも左手で僕の手を握ってくれた。

 小さい手だと思った。温かい手だとも思った。できればずっとこうしていたいと思った。今日だけのことではなく、願わくは明日も明後日も。

 それなら口に出せばいい。共有できる思い出はほとんどないけれど、これから共有できる思い出を作ればいい。それをなかなか言い出せない僕は、やはり馬鹿なのだろう。年はとっても、あの頃からあまり成長していない。


 そのとき、彼女と僕のスマートフォンが同時になって、繋いだ手が離れてしまった。ディスプレイには今日僕を誘った友人の名前。彼女の方も同じだろう。彼女は慌てて廊下に出て、電話に応じる。それを確認してから、僕もスマートフォンを耳に宛てた。

「もしもし祥太、おまえ今どこにいるんだよ、試合終わっちゃったぞ」
「悪い。今笹井さんと教室にいる」
「笹井って、ああ、ささゆーか。ささゆーも来てんだな。こっちは康と千葉と相澤と鈴村がいるんだけどさ、これからみんなでメシ行こうって。祥太も来るだろ?」

 ああ、この時間の共有もついに終わりか。電話を切って、つい数分前まで彼女に触れていた右手を見つめる。汗でびしょびしょ。こんな手を握らせていたなんて申し訳ないが、もっと手汗をかいたとしても、ここでちゃんと言わなければ。あの頃とは違うのだと、自分自身に言い聞かせなければ。

 好きだ。彼女が好きだ。友人の口から「ささゆー」なんて、俺よりもずっと親しげな彼女の呼び名が出て、はらわたが煮えくり返るくらいには、彼女が好きだ。


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