うましか

 並んで校門をくぐり、昇降口まで続くゆるやかな坂を上った。

 ハンカチで汗を拭いながら、こっそり彼を盗み見る。髪はこげ茶色で、学生時代にかけていた黒ぶち眼鏡もしていない。コンタクトにしたらしい。私服も初めて見たし、Tシャツにジーンズというラフな格好だけれど、制服姿しか見たことがなかったから、なんだかすごく新鮮だ。それに昔よりずっと恰好よくなった。

「笹井さん、変わったね」
「え、そう?」
「化粧とか髪型とか。正直最初誰だか分かんなかった」
「そりゃあ学生時代はすっぴんだったからね」
「私服も初めて見たし」
 全く同じことを考えていた。緩む頬を隠そうともせず、さっきまでの疲労も忘れ、ゆっくりと歩を進める。


 学生時代、こんな気分でこの坂を上ることは一度もなかった。元々朝は苦手なのに、満員のバスに揺られ、下車してすぐに坂を上る。毎朝憂鬱で仕方なかった。どうして坂の上にあるこの高校を選んでしまったのか、と。後悔したのは一度や二度ではない。

 なのに今はこんなに楽しい。もうあの頃に戻れないことが残念で仕方がない。

 坂の途中にある階段を上ると、正面に古びた第一体育館。その横に駐輪場と校舎がある。何もかもが懐かしい。ここも、昔とちっとも変わっていない。その変わらない風景が、忘れていた記憶を呼び起こしていくのを感じた。

「自転車逆さま事件おぼえてる?」
 ふと、小林くんが切り出した。

「おぼえてるよ。志賀くんと橋本くんの自転車が逆さまになってたんだよね。絶妙なバランスで立ってて」
「結局誰がやったか分からずじまい」
「くまさん事件も」
「それは知らない」
「康くんの自転車のかごに、くまのぬいぐるみが入れられてたの」
「康は男女共に人気があったからなあ。男子がふざけたか女子からのプレゼントか」
「それも結局誰の仕業か分からなかったんだけどね」
「謎が多い学生生活だったな」

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