うましか


「まったく。これじゃあすぐに靴が履けないな……」

 呟きながらも、頬は緩んで、気分はすこぶる良かった。

 昔から寝起きは良くなくて、学生時代はよく遅刻をしたというのに。社会人になってからも起きるのがしんどくて、朝食を抜くことばかりだったというのに。彼女と付き合い始めてから、ちゃんと起きられるようになった。
 それは彼女に情けない姿を見られたくないのと、彼女が作ってくれる朝食をしっかり食べたいからだ。まあ、彼女がくすぐったり頬をつねったり眉をなぞったりして笑わせてくれるというのも大きいが。

 それだけでも充分ありがたいのに、こんなに気分の良い朝をくれるなんて。



 ここで思うのは、来月のホワイトデーのこと。
 彼女はあれこれしてくれた。それなのに僕は、同棲の提案だけで良いのだろうか。いや、良くない。
 あと一ヶ月で、彼女が笑顔になるような仕掛けを何か考えなくては。


 革靴の中に入っていた一口チョコを、敷かれていたハンカチで丁寧に包んで鞄に入れてから、清々しい気分で外に出た。

 苦手な朝なのにとても気分が良い。のは、ホワイトデーのお返しのことで脳が忙しなく動いているからだ。大好きな恋人を喜ばせる方法を考えるだなんて。朝のゴールデンタイムにする考えごとの中で、最上級の内容だ。

 でも、一番は天気のおかげだろう。
 雲ひとつない青空。晴れて良かった。ゆうべ彼女がみがいてくれた革靴が、汚れなくて良かった。




(了)
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