うましか

 十五歳、高校一年生。わたしは、……わたしたちは一年間、この教室で共に過ごした。「こばやし」と「ささい」で出席番号が近く、同じ班でもあった。

 班での活動は、授業のあとの掃除と、たまに総合学習の時間にグループでの調べものや発表があるときだけで、そこまで接点があるわけではなかった。

 それでもわたしは、彼に恋をした。

 四月の末の、体育館掃除のときだったと思う。出入り口の階段で足を引っ掻けて転んで、膝を擦りむいたとき。他の男子たちと前方を歩いていた彼が振り向き、すぐにポケットから絆創膏を出して「大丈夫?」と声をかけてくれた。

 ただ、それだけ。たったそれだけのことだったけれど、わたしはこの、些細なことをごく自然にできる優しい彼に、恋をした。


 それからはこっそり彼を盗み見て、話すタイミングを計った。けれど情けないことに、話題が見つからない。

 盗み見ていて分かったけれど、彼はあまり口数が多いタイプではないらしく、男子たちの輪にいても、ただ笑ったり頷いたりするだけのようだった。
 つまり盗み見も盗み聞きも、あまり役に立たなかったということだ。情報がなくてもクラスメイトなのだから「昨日のドラマ見た?」とか「あの歌手の新曲聞いた?」とか、気軽に話しかけても問題ないはずなのに。

 恋とはなんて厄介なのだろう。会話が弾まず悪い印象を与えてしまったら、と臆病になり、気軽に接することができないのだ。

 情けないわたしにできたことといえば盗み見と盗み聞きと、そして放課後に中庭のテニスコートで部活に励む彼の姿を眺めることくらいだった。

 テニスコートが中庭にあったのはありがたい。わたしは間違いなく部活中の彼を意図的に見ているのだけれど、それを知らない人からすれば、放課後の暇つぶしにぼんやり運動部を眺めているだけに見えるだろう。そして中庭は、どの階のどの場所からでも見ることができるのだ。

 運がいいことに、わたしが所属していた文芸部の、週に二回の活動場所も、中庭に面した小講義室だったから、わたしは気兼ねなく、彼がラケットを振る姿を見ることができた。

 でも情けないわたしは情けないまま、高校生活の大イベントである体育祭も夏休みも、文化祭ですらも。何もできないまま、過ぎ去ってしまった。


< 7 / 56 >

この作品をシェア

pagetop