不協和音ラプソディ




「あんず、飯食った?まだなら一緒に食おーぜ。あんずの鍋が食いたい」

「今日こそは、料理中に抱きついて邪魔するんじゃなくて、手伝ってよね」

「どうかなー、約束はできないな。
エプロン付けて髪あげてるとさ、普通男はそそられるもんなんだよ。わかる?」

「普通、デザートは食後だからね?
そそられたまま我慢してて」


「…今も?」

「…今も」



そんな風に店まで私を迎えにきて、連れて帰る、当たり前の日々。



「あんずさ、華の女子大生のくせに行きたいとことかねーの?」

「女子大生がみんな煌びやかな生活送ってると思ったら大間違いだからね?私は、浬の音があればそれでいい。あ、海は行きたいかも」


「なんだそれ、海で何か聴きたいわけ?」

「いいね、せっかくだからとびきりロマンチックなやつくれてもいいよ」

「それは、最後まで弾き切らなくてもいいやつ?」

「それ以上のロマンチックをくれるなら、考えてもいいよ」




会いたいも、すきも、付き合おうかも、ヒトツとしてなかったけど。



私のことすき?なんて、わざわざ聞く必要もないくらい、浬は私との時間を求めたし、瞳や態度が、何よりそれを物語っていたと、思う。


付き合ってるよね?なんて、確認を無意味だと思うほどには、浬の生活の中に私がいて、私の生活の中に、浬がいたから。


言葉にしなくても、してもらわなくても、問題ない。むしろ、音として晒さないことに、一種の尊ささえ覚えていたのに。



……いつからだろう。



「ねぇ、浬。そろそろ私の味噌汁が食べたい頃なんじゃない?今日作りに行こうか」

「残念。今日は仕事で遠征だから家いないわ」



浬からの誘いは減っていって、私から声を掛けても、断られることが増えていったのは。



「最近、あんまりバーきてなくない?
浬の演奏も、しばらく聴いてないし。
忘れないうちにまた聴かせてよ」

「とかいって、杏は俺を理由にサボりたいんだろ?」

「本心で話してるんだけど?」

「俺はもう演者側じゃないからな。
今は、他人(ひと)のつくる方がたのしいんだよ」



あんなに拘っていたはずの名前で、私を呼ばなくなって。


他人の音楽をつくる方がたのしいとか。
簡単に、ウソまでつくようになったのは。




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