あなたが好き
③
森川と月子の写真を撮ってから数日間、彩花はずっとあの写真を社内にメールしようかどうか迷っていた。
最低なアイディアだと思う反面、じゃあ、月子と森川は最低ではないのか? という自分の声も聞こえてくる。
彩花の心の葛藤を他所に、月子も森川も美咲も普通に仕事をしている。
前は森川と美咲が一緒に話しているのを見る度に胸を痛めたが、今では森川と月子が一緒に話している時の方が胸が痛い。
部署内では、美咲の仕事の引継ぎをどうするかの話をしていた。
美咲は森川と結婚する前に寿退社することになっている。倉庫整理を引き受けてしまった彩花は月子の計らいで、美咲の業務を引き継ぐことはないらしい。
彩花は月子の優しさに感謝したいところだったが、素直に喜べなかった。
喜びの感情よりも、どうして月子が自分に優しいのかが不思議だった。
仕事もできるし自分から見ると完璧な人間の月子が、どうして不倫をしているのかも不思議だった。
彩花は月子の話を聞きながら、月子と森川の関係がばれたら美咲はどうするのだろうかとぼんやり考えた。
美咲はいやな女だが、森川を好きな気持ちは本気だろう。
彩花は美咲にほのかな同情の念を感じていた。
「永井さん、どうしたの?」
月子に話しかけられて、彩花は我に返った。
「すみません、何でもありません」
「そう。じゃあ、みんな、戸部さんの業務はこの通りに引継ぎお願い。ちゃんとしないと森川君が怒っちゃうからね!」
「そんな、怒りませんよ」
森川が言うと、部署内で笑いが起きた。彩花も一応笑ったが、心は上の空だった。
引継ぎの話が終わると、彩花はトイレに行く振りをして部屋を出た。
月子の顔も森川の顔も美咲の顔も見たくなかった。
「永井さん」
廊下を少し歩いたところで、声を掛けられた。
振り向くと、月子が立っている。
「何か?」
彩花は何でもないような表情を装った。
「実はちょっと心配で。さっきぼんやりしていたし」
「私がぼんやりしているのなんて、いつものことです」
「また、そんなこと言って! 実は私がこの間あんなこと言ったから、気にしているんじゃないかと思って」
「あんなことって?」
彩花には心当たりがあったが、知らない振りをした。
「『そろそろ別の人を探した方が良い』って言ったことよ」
「あのことですか? でも、確かにその通りですし……」
「気にしていたなら、ごめんなさい。でも、永井さんならすぐに良い人が見つかるわよ。落ち込まないでね」
月子は美咲の寿退社の引継ぎの説明を聞いて、美咲と森川が結婚することを再確認し、落ち込んでいると思ったのだろう。
あの屋上での密会を見なければ、彩花は素直に月子の気遣いに感謝しただろうが、彩花は月子の言葉に引っ掛かりを感じた。
「ありがとうございます」
「元気出してね」
彩花は月子にそう言われて、居た堪れなくなってきた。
「はい。あの、私、ちょっと、トイレに行ってきます」
彩花はトイレに行くと、洗面台の鏡に自分の姿を映しながら心の中で呟いた。
(――悔しい)
月子の自分に対する優しさが悔しかった。
私だったら、同じ男を好きな女に優しくなんてできない。優しくできない点では美咲と自分は同類だ。
好きな男が別の女と結婚すると言うのに、自分に優しく出来る月子の余裕はどこから来るのだろうか。
きっと、月子の余裕は不倫の関係とはいえ、好きな男である森川に愛されているところからきているのだろう。
自分だって森川に愛されたかったのに、月子は既婚者なのに森川に愛されている。
美咲だって、森川に愛されていないとはいえ結婚しようとしている。
森川は美咲と結婚するのに、結局は月子を一番愛している。
そして、その三角関係の中に、自分は入ることすらしていない。
(――やっぱり、メール出そう)
彩花は月子と森川の密会写真を社内メールで流そうと決めた。
今のままでは悔しくて自分が惨めで、何かしないと気が済まなかった。
最低なアイディアだと思う反面、じゃあ、月子と森川は最低ではないのか? という自分の声も聞こえてくる。
彩花の心の葛藤を他所に、月子も森川も美咲も普通に仕事をしている。
前は森川と美咲が一緒に話しているのを見る度に胸を痛めたが、今では森川と月子が一緒に話している時の方が胸が痛い。
部署内では、美咲の仕事の引継ぎをどうするかの話をしていた。
美咲は森川と結婚する前に寿退社することになっている。倉庫整理を引き受けてしまった彩花は月子の計らいで、美咲の業務を引き継ぐことはないらしい。
彩花は月子の優しさに感謝したいところだったが、素直に喜べなかった。
喜びの感情よりも、どうして月子が自分に優しいのかが不思議だった。
仕事もできるし自分から見ると完璧な人間の月子が、どうして不倫をしているのかも不思議だった。
彩花は月子の話を聞きながら、月子と森川の関係がばれたら美咲はどうするのだろうかとぼんやり考えた。
美咲はいやな女だが、森川を好きな気持ちは本気だろう。
彩花は美咲にほのかな同情の念を感じていた。
「永井さん、どうしたの?」
月子に話しかけられて、彩花は我に返った。
「すみません、何でもありません」
「そう。じゃあ、みんな、戸部さんの業務はこの通りに引継ぎお願い。ちゃんとしないと森川君が怒っちゃうからね!」
「そんな、怒りませんよ」
森川が言うと、部署内で笑いが起きた。彩花も一応笑ったが、心は上の空だった。
引継ぎの話が終わると、彩花はトイレに行く振りをして部屋を出た。
月子の顔も森川の顔も美咲の顔も見たくなかった。
「永井さん」
廊下を少し歩いたところで、声を掛けられた。
振り向くと、月子が立っている。
「何か?」
彩花は何でもないような表情を装った。
「実はちょっと心配で。さっきぼんやりしていたし」
「私がぼんやりしているのなんて、いつものことです」
「また、そんなこと言って! 実は私がこの間あんなこと言ったから、気にしているんじゃないかと思って」
「あんなことって?」
彩花には心当たりがあったが、知らない振りをした。
「『そろそろ別の人を探した方が良い』って言ったことよ」
「あのことですか? でも、確かにその通りですし……」
「気にしていたなら、ごめんなさい。でも、永井さんならすぐに良い人が見つかるわよ。落ち込まないでね」
月子は美咲の寿退社の引継ぎの説明を聞いて、美咲と森川が結婚することを再確認し、落ち込んでいると思ったのだろう。
あの屋上での密会を見なければ、彩花は素直に月子の気遣いに感謝しただろうが、彩花は月子の言葉に引っ掛かりを感じた。
「ありがとうございます」
「元気出してね」
彩花は月子にそう言われて、居た堪れなくなってきた。
「はい。あの、私、ちょっと、トイレに行ってきます」
彩花はトイレに行くと、洗面台の鏡に自分の姿を映しながら心の中で呟いた。
(――悔しい)
月子の自分に対する優しさが悔しかった。
私だったら、同じ男を好きな女に優しくなんてできない。優しくできない点では美咲と自分は同類だ。
好きな男が別の女と結婚すると言うのに、自分に優しく出来る月子の余裕はどこから来るのだろうか。
きっと、月子の余裕は不倫の関係とはいえ、好きな男である森川に愛されているところからきているのだろう。
自分だって森川に愛されたかったのに、月子は既婚者なのに森川に愛されている。
美咲だって、森川に愛されていないとはいえ結婚しようとしている。
森川は美咲と結婚するのに、結局は月子を一番愛している。
そして、その三角関係の中に、自分は入ることすらしていない。
(――やっぱり、メール出そう)
彩花は月子と森川の密会写真を社内メールで流そうと決めた。
今のままでは悔しくて自分が惨めで、何かしないと気が済まなかった。