君のおとうとじゃない。
妄想告白シチュエーションノート
★岳*ノートを見た
今僕は、ある一冊のピンク色のノートを読んでいる。
沢山の濃いめなピンクのハートと共に書かれている題名、それは『妄想告白シチュエーションノート』。サブタイトルは『されたらドキドキ♡絶対に胸キュンしちゃう特集』
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
あかねと出会ったのは、五年前の八月。
僕が小学四年生の時だった。
うちは、小さい頃に両親が離婚して、ずっと父親がひとりで僕を育ててくれていた。
「父さんな、好きな人がいるんだ」
「好きな人?」
その頃はまだ恋とか愛とか分からなくて、そんな事を言われた時には「へぇー、そうなんだぁ」ぐらいにしか思っていなかった。
父さんの好きな人と、その人が連れてきた女の子と、僕ら四人で食事をした。
ホテルの高い階にあって、大きな窓から街全体の夜景が見えて、店の中のひとつひとつが高そうな、普段行かないようなレストランで。
いつものラーメン屋とか、牛丼屋の方がいいなって思った。慣れてない場所で少しソワソワした。
席に案内されて五分ぐらいたった時、彼女たちは来た。父さんがひとりひとり紹介する。
「こっちは息子の岳、こちらは、優香さんと、娘のあかねちゃん」
僕は、女の子が気になった。サラサラなロングヘアがとても似合っている、落ち着いた感じの女の子。多分年上だと思う。
気になった理由は、ひとことも話さず、ひとつも表情を変えなかったからだ。
世間話とか、お互いの話をした後、優香さんは質問してきた。
「お母さん、いなくて寂しい?」って。
寂しいも何も、母さんの記憶は小さい頃の記憶しかなくて、一番心に残っているのは父さんと喧嘩している場面だし。今は父さんとの生活に慣れていて、それが僕にとって当たり前だったから、そんな感情はなかった。
なんでそんな質問をしてくるんだろう。
その時はそう考えていたけれど、すぐその答えは分かった。
***
初めて出会ってから一ヶ月後。
彼女達は、僕の新しい家族になった。
「今日から一緒に暮らすけれど、よろしくね! お母さんって気軽に呼んで! あかねの事もお姉ちゃんってね!」
優香さんは明るい声で、そう言った。
お母さんと、お姉ちゃん……。
いきなりそんな風に、気軽に呼んでなんて言われても、呼べるわけがない。
「岳くん、そのダンボールに食器とか入ってるから、出してもらってもいい?」
「はい、分かりました……」
彼女たちが持ってきた荷物の箱を開封したり、整理するのを手伝う。
「いきなり姉と弟になるなんて、ムリだよね。まして私の事お姉ちゃんだなんて、いきなり呼べないよね」
口を尖らせながらこっそり彼女が、僕に呟く。
「うん、ムリ」
僕ははっきりと答えた。
「お姉ちゃんの部屋の場所教えてあげて、あと、荷物運ぶのも手伝ってあげて!」と父さんに言われ、彼女がこれから過ごす二階の部屋に来た。僕の隣の部屋だ。
一階からは笑い声が聞こえる。
この部屋は無音。
しばらくすると、彼女は言葉を発した。
「お姉ちゃんって、ムリして思わなくてもいいし、呼ばなくてもいいからね!」
「うん。おとうと、じゃないし」
「私も、義弟としてみれないかも」
一緒に住んでも、所詮赤の他人だ。
多分彼女も同じことを思ってそう。
そう思っていたのに僕は、一緒に過ごしているうちに、彼女に心の内を見せるようになっていった。
彼女も僕に心の内を見せてくれるようになった、気がする。出会った時は無表情で冷たいイメージだったのに、僕に対して表情はコロコロ変わるし、あたたかい。
彼女を見てると、面白くて見飽きなかった。
ふたつの家族がひとつになった時、僕はとまどっていたけれど、毎日一緒に生活するようになるとそのとまどいはなくなり、むしろ一緒にいることが当たり前になっていった。
あかねが僕の事を本当の弟のように接してくれるようにもなって。
けれど僕は、絶対におとうとにはなりたくない、あかねをお姉ちゃんとは絶対に呼びたくはなかった。
なぜなら、一緒に過ごしているうちにあかねは、僕にとって、姉と弟では満足出来ない、特別な人になっていたから――。
***
そして、今に至る。
僕は中学三年生になって、あかねは高校二年生になった。
最近、あかねが隣の部屋でひとりごとをよく話している。僕は机に向かい、勉強をしながらその声を聞いている。
盗み聞きは良くないけれど、声が大きくて聞こえてしまうんだ。そして内容が気になるんだ。
「……そんな! 私のこと好きって? いや、そうじゃないなぁ、どうしよっかな?」
「うん、私も好き! そう言われたらこうくるよなぁ」
なんだろう。
あかねの恋の話か?
あかねの恋バナが気になった。
そのひとりごとの理由を後に知る。
***
その存在を知ったのは七月。
暑い日の夜だった。
自分の英和辞典を学校に置きっぱなしにしていて、あかねに借りようと思った。
けれど、彼女はちょうどコンビニのバイトをしている時間でいなかった。
いつもあかねに何かを借りる時は、頼んだら直接手渡してくれる感じなんだけど、すぐに使いたくて。
あかねの部屋に行き、本棚をあさり英和辞典を探した。
見つけた。
黒い文字で“英和辞典”と書かれた、赤い表紙の分厚い辞典。
本棚から取り出した時、隣にあった辞典と同じサイズのピンクのノートも僕は気が付かないまま一緒に掴んでいた。
「あ、違うノートも一緒に掴んじゃった!」
それを元に戻そうとした時、表紙が目に入る。
『妄想告白シチュエーションノート』?
英和辞典を本棚の元の場所に戻し、そのノートだけを手に取る。
中を覗いてはいけない気がした。それに、あかねにバレたら怒られそうな気もした。
けれど「覗いてごらん?」と誘惑してくる。
誘惑に負けた。
開けてはいけない扉を開いてしまった。
「こ、これは……!」
あかねのひとりごとは、これに返事をしていたのか!
しばらく読んでいると、あかねが帰ってくる音がした。
慌てて本棚にそのノートを戻すと隣の自分の部屋に何事もなかったかのように戻った。
沢山の濃いめなピンクのハートと共に書かれている題名、それは『妄想告白シチュエーションノート』。サブタイトルは『されたらドキドキ♡絶対に胸キュンしちゃう特集』
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
あかねと出会ったのは、五年前の八月。
僕が小学四年生の時だった。
うちは、小さい頃に両親が離婚して、ずっと父親がひとりで僕を育ててくれていた。
「父さんな、好きな人がいるんだ」
「好きな人?」
その頃はまだ恋とか愛とか分からなくて、そんな事を言われた時には「へぇー、そうなんだぁ」ぐらいにしか思っていなかった。
父さんの好きな人と、その人が連れてきた女の子と、僕ら四人で食事をした。
ホテルの高い階にあって、大きな窓から街全体の夜景が見えて、店の中のひとつひとつが高そうな、普段行かないようなレストランで。
いつものラーメン屋とか、牛丼屋の方がいいなって思った。慣れてない場所で少しソワソワした。
席に案内されて五分ぐらいたった時、彼女たちは来た。父さんがひとりひとり紹介する。
「こっちは息子の岳、こちらは、優香さんと、娘のあかねちゃん」
僕は、女の子が気になった。サラサラなロングヘアがとても似合っている、落ち着いた感じの女の子。多分年上だと思う。
気になった理由は、ひとことも話さず、ひとつも表情を変えなかったからだ。
世間話とか、お互いの話をした後、優香さんは質問してきた。
「お母さん、いなくて寂しい?」って。
寂しいも何も、母さんの記憶は小さい頃の記憶しかなくて、一番心に残っているのは父さんと喧嘩している場面だし。今は父さんとの生活に慣れていて、それが僕にとって当たり前だったから、そんな感情はなかった。
なんでそんな質問をしてくるんだろう。
その時はそう考えていたけれど、すぐその答えは分かった。
***
初めて出会ってから一ヶ月後。
彼女達は、僕の新しい家族になった。
「今日から一緒に暮らすけれど、よろしくね! お母さんって気軽に呼んで! あかねの事もお姉ちゃんってね!」
優香さんは明るい声で、そう言った。
お母さんと、お姉ちゃん……。
いきなりそんな風に、気軽に呼んでなんて言われても、呼べるわけがない。
「岳くん、そのダンボールに食器とか入ってるから、出してもらってもいい?」
「はい、分かりました……」
彼女たちが持ってきた荷物の箱を開封したり、整理するのを手伝う。
「いきなり姉と弟になるなんて、ムリだよね。まして私の事お姉ちゃんだなんて、いきなり呼べないよね」
口を尖らせながらこっそり彼女が、僕に呟く。
「うん、ムリ」
僕ははっきりと答えた。
「お姉ちゃんの部屋の場所教えてあげて、あと、荷物運ぶのも手伝ってあげて!」と父さんに言われ、彼女がこれから過ごす二階の部屋に来た。僕の隣の部屋だ。
一階からは笑い声が聞こえる。
この部屋は無音。
しばらくすると、彼女は言葉を発した。
「お姉ちゃんって、ムリして思わなくてもいいし、呼ばなくてもいいからね!」
「うん。おとうと、じゃないし」
「私も、義弟としてみれないかも」
一緒に住んでも、所詮赤の他人だ。
多分彼女も同じことを思ってそう。
そう思っていたのに僕は、一緒に過ごしているうちに、彼女に心の内を見せるようになっていった。
彼女も僕に心の内を見せてくれるようになった、気がする。出会った時は無表情で冷たいイメージだったのに、僕に対して表情はコロコロ変わるし、あたたかい。
彼女を見てると、面白くて見飽きなかった。
ふたつの家族がひとつになった時、僕はとまどっていたけれど、毎日一緒に生活するようになるとそのとまどいはなくなり、むしろ一緒にいることが当たり前になっていった。
あかねが僕の事を本当の弟のように接してくれるようにもなって。
けれど僕は、絶対におとうとにはなりたくない、あかねをお姉ちゃんとは絶対に呼びたくはなかった。
なぜなら、一緒に過ごしているうちにあかねは、僕にとって、姉と弟では満足出来ない、特別な人になっていたから――。
***
そして、今に至る。
僕は中学三年生になって、あかねは高校二年生になった。
最近、あかねが隣の部屋でひとりごとをよく話している。僕は机に向かい、勉強をしながらその声を聞いている。
盗み聞きは良くないけれど、声が大きくて聞こえてしまうんだ。そして内容が気になるんだ。
「……そんな! 私のこと好きって? いや、そうじゃないなぁ、どうしよっかな?」
「うん、私も好き! そう言われたらこうくるよなぁ」
なんだろう。
あかねの恋の話か?
あかねの恋バナが気になった。
そのひとりごとの理由を後に知る。
***
その存在を知ったのは七月。
暑い日の夜だった。
自分の英和辞典を学校に置きっぱなしにしていて、あかねに借りようと思った。
けれど、彼女はちょうどコンビニのバイトをしている時間でいなかった。
いつもあかねに何かを借りる時は、頼んだら直接手渡してくれる感じなんだけど、すぐに使いたくて。
あかねの部屋に行き、本棚をあさり英和辞典を探した。
見つけた。
黒い文字で“英和辞典”と書かれた、赤い表紙の分厚い辞典。
本棚から取り出した時、隣にあった辞典と同じサイズのピンクのノートも僕は気が付かないまま一緒に掴んでいた。
「あ、違うノートも一緒に掴んじゃった!」
それを元に戻そうとした時、表紙が目に入る。
『妄想告白シチュエーションノート』?
英和辞典を本棚の元の場所に戻し、そのノートだけを手に取る。
中を覗いてはいけない気がした。それに、あかねにバレたら怒られそうな気もした。
けれど「覗いてごらん?」と誘惑してくる。
誘惑に負けた。
開けてはいけない扉を開いてしまった。
「こ、これは……!」
あかねのひとりごとは、これに返事をしていたのか!
しばらく読んでいると、あかねが帰ってくる音がした。
慌てて本棚にそのノートを戻すと隣の自分の部屋に何事もなかったかのように戻った。