通り雨、閃々
「デートするのも窮屈だし、まわりにのろけることもできないし」
「そうだね」
「離婚して再婚したとしても、それぞれ慰謝料や養育費の支払いは残るし」
「そうだね」
「不倫する人なんて、きっとまた不倫するし」
「そうだね」
「メリットなくない?」
「そうだね」
「さっきから『そうだね』しか言ってないよ」
「だって、正論過ぎて他に言うことないんだもん」
愛梨としてもこだわっているわけではなく、大きなエビをブリブリと咀嚼している。
「『不倫だから』いいのかな」
ぽそりとこぼした私の発言に、愛梨は首を捻る。
「なんで?」
「手に入らないから……とか?」
愛梨はカレーと一緒に私の言葉も咀嚼した。
「でも、恋愛って基本的に手に入れたいって思うものじゃない?」
「だよね」
でも、人が人を「手に入れる」って、そもそもどういうことだろう。
あのきれいな鎖骨を取り出して粉にして、シナモンみたいにカフェラテにふりかけて飲んだら、「手に入る」のだろうか。
「愛梨って結婚願望あるの?」
「ない」
きっぱり吐き捨てた分、サフランライスを口に入れる。
「だって、結婚ってメリットなくない? 家賃や光熱費折半したいなら同棲でいいじゃない。結婚しちゃったら、別れるときだって手続き必要なんだよ」
「子ども欲しい人は結婚した方がいろいろ便利だよね」
「シングルマザーだってたくさんいるじゃん。私、子どもも別にいらないし、やっぱりメリットない」
なるほど、とうなずいて、スプーンを口に運ぶ。
バランスよく食べているつもりなのに、ライスが少し余りそうだ。
メリットか、と胸の内でつぶやく。
メリットを計算して恋をするわけでなくても、メリットのある人は魅力的に映る。
不倫だって、スリルを求める人や遊び相手を求める人にはメリットなのかもしれない。
じゃあメリットどころかデメリットしかない相手の元に通う気持ちは、いったい何なのだろう。
何でも話せる友達のはずなのに、愛梨にもリョウの話はできなかった。
三十にもなって初恋でもないのに、謎だらけのニートじみた人に振り回されてるだなんて言えない。
何より、そんな自分を認めたくない。
「沙羽は? 結婚願望ある?」
うーーーん、とため息のように吐き出すと、鼻からカレーの香りが抜ける。
願望というほど強くはないけれど、いつかはすると思っていた。
でも最近、それが揺らぎつつある。
「……結婚はともかく、彼氏は欲しいと思ってるよ。普通に」
「普通に」のアクセントがやや強かったけれど、愛梨は特に引っ掛かりを感じなかったらしい。
私もー、とラッシーをすすっている。
もうリョウには会わないと決意して、ここ数日は鍵穴に差さった鍵を無視していた。
骨が軋むような寂しさを感じる。
いや、これは「寂しい」などという正しくうつくしい感情では、きっとない。
禁断症状。
ただの欲求不満。
ペースが乱れたことによる体調不良。
気圧のせい。
きっとそうだ。
それに、どうせ会ったところで身体の内側にある空洞は埋まらず、もっともっと、と疼く。
リョウとの間に薄いキャミソール一枚挟むことなく、汗ばむ背中と体温を感じているときでさえ、触れた気がしない。
リョウは好き勝手に私に触れるくせに、私の指先はどこにも届かない。